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IQ110 普通の人生

IQ110 普通の人生

隆也（たかや）は、街のどこにでもいる普通の男だった。年齢は35歳、メーカーの営業職に就き、毎日9時から5時までの仕事をこなし、同じ会社で10年目を迎えていた。家には妻の奈緒美（なおみ）と5歳の娘、花（はな）がいる。特に抜きん出た才能や大きな欠点もなく、平凡で穏やかな人生を送っていた。

隆也のIQは110。平均より少し高いが、特別に秀でたわけでもない。学生時代はそこそこの成績で、受験もそこそこにこなしてきた。会社に入ってからも、業績は悪くはないが、飛び抜けて良いわけでもない。上司には評価されることもあるが、目立つ功績を残すほどではない。どこにでもいる普通の営業マンとして、平穏無事に日々を過ごしていた。

休日の午前中、隆也はいつものように近所のスーパーへと家族と一緒に出かけていた。娘の花はカートに乗ってはしゃぎ、奈緒美はその後ろで買い物リストを確認している。何気ない一日が、隆也にとっては一番心地よい時間だった。

「パパ、見て！キャンディーがいっぱいある！」

花がカートから身を乗り出して指差す先には、カラフルなキャンディーが並んでいる棚があった。隆也は微笑みながら、その頭を軽く撫でた。

「じゃあ、一つだけ選んでいいよ。」

「やったー！」

その小さな歓声に、隆也は満足感を覚える。こんな普通の日常こそが、彼にとっての幸せだった。

だが、ある日、会社の飲み会で同僚の佐々木（ささき）がふとしたことで隆也に話しかけてきた。

「隆也くんって、大学どこだっけ？」

「俺？ 〇〇大学だよ。普通のとこさ。」

「へえ、意外だね。もっといいとこ行ってるかと思ったよ。」

その一言に、隆也は少しだけ引っかかりを感じた。自分は「普通」だと、ずっとそう思ってきた。勉強も仕事も無難にこなしてきた。誰もが羨むような大成功を収めたこともなければ、失敗して底に落ちることもなかった。それで十分だと、自分に言い聞かせてきた。

しかし、「普通」の裏にある可能性について、ふと考えさせられたのだ。

ある日、会社の研修で「自己啓発セミナー」が開かれた。講師は有名なコンサルタントで、参加者たちに自己の限界を超える方法を教えるという触れ込みだった。隆也は特に期待せず参加したが、セミナーの中で講師がこんな言葉を投げかけた。

「皆さん、自分の能力の限界を勝手に決めていませんか？ 普通だからと、挑戦を諦めていませんか？」

その言葉に、隆也はハッとした。自分の能力を自分で制限していたのは、他でもない自分自身だったのだ。IQ110という「普通」に甘んじて、それ以上の挑戦を避けていた自分に気づいた。

セミナーから帰った後、隆也は自宅の書斎にこもり、ノートを広げて自分の人生について改めて考え直した。特別な才能がないからと、何もかも諦める必要はない。普通の人でも、努力次第で何かを変えられるのではないか。そう考え始めた。

「奈緒美、俺、ちょっと転職を考えてみようと思うんだ。」

ある晩、奈緒美にそう告げると、彼女は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに柔らかな笑みを浮かべた。

「そうなんだ。隆也がそうしたいなら、私は応援するよ。家族だからね。」

その言葉に、隆也は心が温まるのを感じた。家族の支えがあれば、何だってできる気がしたのだ。そして、彼は転職活動を開始した。これまでのキャリアを活かしながらも、新しい挑戦ができる職場を探し求めた。

最初はなかなかうまくいかなかったが、彼はあきらめなかった。毎晩遅くまで履歴書を書き直し、自己PRを練り直した。普通の自分でも、新しい可能性を見出すために精一杯努力したのだ。

そして、ある日一通のメールが届いた。それは、大手企業からの面接の案内だった。隆也はその瞬間、静かにガッツポーズを取った。妻も娘も、そんな彼を見て笑顔を見せてくれた。

面接の日、隆也は緊張しながらも自分を精一杯アピールした。普通の営業マンが、何を変えられるのか。それを必死に伝えようとしたのだ。面接官たちは真剣に耳を傾けてくれ、その姿勢に少しずつ自信が湧いてきた。

数日後、電話が鳴った。それは、内定の知らせだった。新しい職場での挑戦が始まる。隆也は今までにない充実感を味わっていた。普通の自分にできることがある。それを証明したかったのだ。

初出勤の日、隆也は自分のデスクに座り、深呼吸をした。新しい環境での仕事は大変だが、やりがいがあった。普通の人生でも、自分の意志で道を切り開けることを実感したのだ。

そんなある日、帰宅してリビングに入ると、花が楽しそうに宿題をしていた。彼女の姿を見て、隆也はふと思った。自分の背中を見て育つ娘には、普通であることを恐れず、挑戦し続けることの大切さを伝えたいと。

奈緒美が笑顔でキッチンから顔を出す。「おかえり、今日は早かったね。」

「ただいま。うん、ちょっと仕事が早く終わったんだ。」

隆也はその日、家族の温かさに包まれながら、改めて自分の選択が間違っていなかったことを確信した。普通の人生でも、そこに満ち足りた幸せがある。そして、それを自分の手で築き上げることができるのだと、隆也は静かに微笑んだ。