生きる

春秋花壇

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生きていてくれてありがとう

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生きていてくれてありがとう

涼子は、毎日同じバス停から同じ時間にバスに乗り、同じオフィスへと通っていた。何の変哲もない日常だったが、その中で彼女は一つの楽しみを見つけていた。それは、バス停で毎朝会う老人、松本さんとの短い会話だった。

松本さんは七十代半ばの小柄な男性で、いつもきちんとした服装をしていた。涼子は初めて彼と会話を交わしたのは、二年前の秋だった。その日、松本さんがバス停で倒れかけたのを涼子が助けたのがきっかけだった。

「ありがとう、若い人。助かったよ。」

「いえ、大丈夫ですか?無理しないでくださいね。」

それ以来、毎朝彼の健康を気にかけるようになり、少しずつ会話も増えていった。松本さんは元教師で、孫がアメリカに留学していることや、奥さんを数年前に亡くしたことを話してくれた。涼子はその話を聞くのが好きだった。

ある朝、松本さんがいつも通りバス停に現れなかった。涼子は不安になりながらも、仕事へ向かった。しかし、その日も、翌日も彼は姿を見せなかった。涼子の胸は不安と悲しみでいっぱいになった。

一週間後、涼子は松本さんの家を訪ねる決意をした。住所は彼が以前話してくれたことがあったので覚えていた。ドアをノックすると、中から疲れた顔をした若い男性が出てきた。彼は松本さんの孫、ケンジだった。

「祖父は入院しています。心臓の問題で...」

涼子は驚きと同時に、何もできなかった自分を責めた。

「お見舞いに行ってもいいですか?」と涼子は尋ねた。

ケンジは一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに微笑んで「もちろんです。祖父も喜ぶと思います。」と言った。

涼子は翌日、病院へ向かった。病室のドアをそっと開けると、松本さんはベッドに横たわっていた。彼の顔はやつれていたが、目が涼子を見つけると笑顔が広がった。

「涼子さん、来てくれてありがとう。」

「松本さん、生きていてくれてありがとう。」涼子は涙をこらえながら言った。

それから、涼子は毎日病院を訪ねるようになった。彼女の訪問は松本さんにとって大きな励みになった。やがて彼は回復し、再びバス停に姿を見せるようになった。

「お帰りなさい、松本さん。」涼子はバス停で待っていた。

「ありがとう、涼子さん。君がいたから、またここに戻ってこられたよ。」

その日から、二人の絆はより一層深まった。彼らはお互いの存在を大切にし、毎日を感謝しながら過ごしていった。涼子は松本さんに感謝の言葉を送り続け、松本さんもまた、涼子の存在に感謝していた。

「生きていてくれてありがとう。」その言葉は、二人にとって特別な意味を持つものとなった。

そして、どんな日常の中でも、その一言が彼らの心を温め続けた。








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