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春秋花壇

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迷子の記憶

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「迷子の記憶」

彼女はいつものように朝の光が差し込む部屋で目を覚ました。窓から差し込む穏やかな光が、部屋を優しく包んでいた。しかし、その光景も、彼女の目には新鮮なものとして映っていた。彼女の名前は白石まどか。77歳。10年前に診断された認知症が日増しに進行していた。

まどかは最近、日常生活においてますます意欲を失いつつあった。昔は庭の手入れもし、友人とランチに出かけることもあった。しかし今では、部屋の中で過ごすことが多くなり、それも時折迷子になるような感覚に襲われることがあった。

この日もまどかは朝食を終えた後、ぼんやりとテーブルを眺めていた。部屋の中にはかつての趣味の品々や写真が並んでいたが、それらも少しずつ彼女の記憶の奥深くへと消えつつあった。

突然、まどかの目に飛び込んできたのは一枚の写真だった。それは彼女の夫との結婚式の写真だった。彼とは50年以上もの間、共に歩んできた。しかし、今では夫の顔も名前も、まどかの記憶から消えかかっていた。写真を見つめながらも、何かがぼんやりと蘇ってくるような感覚に襲われた。彼の笑顔、その声、そして一緒に過ごした日々の情景が、まどかの心の中でざわめき始めた。

その日の午後、まどかはふとした衝動に駆られて家の中を歩き始めた。彼女の足取りは不安定で、時折壁に手をついたり、家具にもたれたりしながら進んでいった。それでも彼女は、どこか特定の目的地を目指しているようだった。

そして辿り着いたのは、彼女たちの共通の友人の家だった。その友人も高齢で、認知症の症状が現れ始めていたが、まどかは不思議とその家の場所を覚えていた。ドアをノックすると、しばらくして友人が現れた。

「まどかちゃん? 久しぶりだね。どうしたの?」

友人の声が、まどかの心をほっとさせた。彼女は友人と一緒にリビングに座り、昔話をしたり、笑いあったりした。その中で、まどかの記憶のかけらがまたひとつ戻ってきたような気がした。

数時間後、帰り道でまどかはふと、その日の出来事を思い出した。自分が友人の家に向かった理由や、その道筋がどうしても思い出せないことに気付いた。しかし、それ以上に強く感じていたのは、その訪問が彼女にとってなぜか意味のあるものだったということだった。

家に帰り、まどかは再び部屋の中を見回した。そこには夫との結婚式の写真があった。彼の笑顔が、まどかの心にしみわたった。彼の名前はもうわからないかもしれない。しかし、彼と共に過ごした日々の幸せな記憶が、少しずつまどかの心の奥底から戻ってくるようだった。

その日から、まどかは少しずつだが意欲を取り戻し始めた。彼女の心にはまた少しずつの輝きが戻り、迷子になるような感覚も以前よりは少なくなった。彼女の記憶がどこまで戻るのか、それは誰にもわからない。しかし、今まどかが大切にするのは、その日々の一瞬一瞬を大切にし、心に残る人々との繋がりを守ることだった。

彼女の人生の一部が失われつつあったとしても、新たな光がその心に輝きをもたらしている。まどかは再び生活の中で意味を見出し始め、その小さな輝きを大切にしながら、新たな日々を歩んでいった。








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