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残響

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残響

志乃が自分の中に抱えていたものは、重たく、そして解けないまま彼女の心に張り付いていた。それは過去の出来事と後悔、さらには罪悪感の絡まり合った糸だった。父が亡くなり、息子が生まれ、母が末期のすい臓がんを宣告された年に娘が生まれた。その時、志乃はまだ30歳で、まるで神様が彼女に試練と癒しの贈り物を同時に与えたかのようだった。

しかし、そんな恵みの中でも志乃は自分を受け入れることができなかった。あの時、母の壮絶な痛みと闘う姿を目の前にしても、彼女は逃げることしかできなかった。アルコールに溺れ、12歳年上の姉に泣きつき、母を引き取ってもらうことを選んだ。その決断は自分を責める理由となり、今でも心の中に深い傷跡を残している。

「ごめんなさい。上手に愛せませんでした」

誰に向けられた言葉なのか、志乃には分かっていた。母に対して、そして自分に対して、愛する術を持たなかった自分を責める言葉だった。彼女の家系は自宅介護の伝統を持ち、父も祖母も家族の手で最期まで見送られた。にもかかわらず、自分だけはその役割を果たせなかったという悔しさが、彼女を一層苦しめたのだ。

母が亡くなり、志乃はさらに深くアルコールの中へと沈んでいった。罪悪感に囚われるたびに、彼女は救いを求めることができなかった。自分にはそれを受け入れる力、いわゆる「受援力」がなかったからだ。そして、そのまま自分の子供たちまでもが彼女の元を去っていった。

「親に向き合えなかった。愛されていたのに、愛を感じられなかった」

志乃は、自分が愛着障害を抱えていることを理解し始めた。母に抱くことができなかった感情、それは単に母を愛せなかったのではなく、愛することそのものを理解していなかったのかもしれない。愛する力を持たず、親に対しても、自分に対しても、子供たちに対しても、すべての関係において心が満たされることがなかったのだ。

年月が経ち、志乃は過去を悔いることでしか生きられなかった。毎年、十一月が来るたびに、彼女は母との最後の時間を思い返しては、涙を流す。

「許してください」

母の声はもう届かないが、志乃の心の奥には、母のあたたかい手が触れているかのような感覚が残っていた。それは彼女が感じたことのなかった愛情だったかもしれない。もしもあの時、母の背中をさすることができていたら、話を聞いてあげることができていたら、そんな小さな行為が、彼女にとってはどれだけ大きな安堵をもたらしたことだろうか。

しかし、今、彼女にできることはもうない。それでも、志乃は少しずつ自分を許す方法を探し始めていた。自分ができなかったこと、逃げてしまった過去を受け入れ、少しでも未来に向けて歩み出すことが、唯一の救いになると感じたからだ。

50年たったら許せるのかな




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