大切にされない女

いつでもどこでも駆けつける

「いつでもどこでも駆けつける」

由美はいつも、誰かに頼まれたことに応えなければならないと思っていた。特に彼のことを考えると、なおさらだった。彼とは付き合い始めてからもう2年になる。最初は楽しかったし、彼も優しいと思っていた。しかし、だんだんと彼の「お願い」が増えていくことに気づくようになった。

「由美、今すぐ会いたい。」そう言われた時、彼は急に元気がなくなった様子で電話をかけてきた。

「どこにいるの？」由美はすぐに答えた。仕事が終わって帰る途中だったが、気づけば彼に会いたいという思いよりも、彼が求めている何かを満たすことに心が動いていた。

「今、少し遠くのカフェにいるんだ。来てくれる？」彼の声は少しひどく弱々しかった。

「もちろん、すぐ行くよ。」由美はその場で予定を変更し、カフェに向かうことに決めた。彼が寂しがっているのだろうと、心のどこかで感じたからだ。

だが、そのカフェで会った彼は、意外にも元気そうに見えた。少し話しただけで、由美は何も問題はなさそうだと思った。しかし、彼が言った言葉に心をつかまれることになる。

「ありがとう、会いに来てくれて。でもさ、なんかさ、君が来てくれるって思ったから気が楽になったよ。」

由美は微笑みながら言った。「それで良かった。何かあったら、いつでも言って。」

彼は少し照れたように笑った。「うん、君には頼りきりだな。」

その言葉に少し違和感を覚えた。彼に頼りにされることは悪いことではない。しかし、何かが引っかかる。毎回、彼が何か頼んできて、その都度駆けつけている自分がいることに、少し不安を覚えた。

その不安は、すぐに現実のものとなった。

次の日、また彼から電話が来た。仕事が終わると、彼はまた呼び出してきた。

「由美、今、ちょっと仕事で疲れたんだ。会って元気をもらえたら嬉しいな。」

彼はいつもこんな感じだ。仕事のストレスを感じたときや、ちょっとしたことで元気を失った時、すぐに由美を呼び出す。そして、由美はその度に駆けつけていた。最初はその優しさを喜んでいたが、だんだんと自分がただ利用されているのではないかという疑念が芽生え始めた。

「今、すぐに会いに行こう。」由美は言いながらも、少し心の中で葛藤していた。毎回、彼が自分に頼んでくることで、少しずつ疲れを感じ始めていた。自分は、彼の感情の「応援団」になっているのではないか。

会ってみると、彼はまた元気そうだった。そして、何でもない話をして、由美に感謝の言葉を言った。

「本当にありがとね。君が来てくれると、気分が楽になるよ。」

由美は、心の中で何かが変わっていくのを感じていた。最初は嬉しかった、頼られていることが。だが、彼にとって自分は「便利な存在」になっているように思えてならなかった。

数日後、由美は友人の美沙にそのことを話してみた。

「美沙、私、最近彼に会いに行きすぎてる気がして。仕事が終わると、すぐに彼から電話が来て、いつでも駆けつけてしまうの。」

美沙は少し考え込んだ後、言った。「それ、ちょっと危険じゃない？　あなたがいつでも来るから、彼はそれを当然だと思ってしまっているんじゃない？」

由美はその言葉に驚いた。確かに、彼が自分に頼んでくるのが当たり前になり、自分もそれに応じるのが当たり前になっていた。

「私、彼にとって、ただ都合のいい存在になっているのかもしれない。」

その夜、由美は一人で自分の部屋に帰りながら、何度もそのことを考えた。彼は本当に自分を大切に思っているのだろうか。それとも、ただ自分を便利な存在として扱っているだけではないのか。

次の日、また彼から電話が来た。いつものように、彼は元気がない様子で言った。

「由美、ちょっと会いたいんだ。今すぐ来てくれない？」

その瞬間、由美は少し黙った。心の中で、自分がどれだけ彼に依存しているのか、そして彼がどれだけ自分を必要だと感じているのかを考えた。そして、ふと気づいた。

「ごめん、今は少しだけ自分の時間を取らせて。少し休みたいんだ。」

電話の向こうで彼が驚いた声を上げたのが聞こえた。「え、でも…」

「でも、今は自分のために少しだけ時間を使いたいんだ。」由美はそう言い、電話を切った。

その後、由美は自分の時間を大切にすることを学び始めた。彼に頼まれるたびに駆けつけることが、必ずしも愛情を示す方法ではないことに気づいた。彼が必要な時にだけ自分を利用するのではなく、互いに支え合える関係を築きたかった。

由美はその後も彼と付き合い続けたが、彼に「いつでもどこでも駆けつける」存在でいることを辞めた。彼の頼みごとに応じることで自分を犠牲にするのではなく、お互いに尊重し合える関係を築くために、自分の意見や気持ちを大切にすることが重要だと気づいたからだ。

そして、彼もまたその変化を受け入れ、お互いに支え合いながら成長していった。

愛とは、相手を大切にし、同時に自分も大切にすることだと、由美は気づいたのだった。