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名にし負はば逢坂山のさねかづら 人に知られで来るよしもがな

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名(な)にし負はば逢坂山のさねかづら人に知られで来るよしもがな(後撰集 恋 700)
    三条右大臣(藤原定方 さだかた 873~932 和歌管弦に秀で延喜歌壇の中心人物の一人)


山の麓に広がる静寂な村に、季節は早春の香りを運んでいた。木々はまだ新緑を纏っておらず、空気は冷たいが、春の息吹を感じさせる。村人たちは日々の暮らしに忙殺されつつも、その心は春の訪れに期待を寄せていた。

村の端に佇む小さな茶屋では、名前を捨てた若者が茶を点て、心に秘めた思いを風に託していた。その若者は、かつて右大臣として名高い藤原定方の末裔でありながら、父祖の名に負けない者として生きることを選んだ者だった。彼の胸には、身分を隠し、新たな道を歩む覚悟が燃えていた。

ある日、村の住人たちは噂を交わしていた。逢坂山のふもとで、麓に住む若者が詩や歌を詠み、その美しい声が風にのって広がっているというのだ。若者の名は知れず、しかし、その才能は広く評価され、村人たちの心を捉えて離さない。

その噂を聞きつけた若者は、逢坂山へと向かった。彼の心には、親しき名が遠くで響くような気がした。山を登りながら、彼の心には、名に負けぬ自らの姿を求める渇望が沸き起こる。

逢坂山の頂上に立ったとき、彼は一瞬息を飲んだ。山々の間に、風になびく長い髪を持つ女性が佇んでいた。その美しい姿に彼の心は奪われ、彼女の名が心の中でふわりと浮かび上がった。

「さねかづら……」

彼は呟き、彼女の姿に魅了された。彼女は彼の存在に気付き、微笑みながら歩み寄った。

「あなたは……」

「名を持たぬ者、ただの訪れし者です。」

彼の答えに、彼女は微笑む。その笑顔は、春の陽光に輝いていた。彼は彼女の名を知らずとも、その美しさと清らかな心に惹かれる。そして、自らの心に秘めた思いを告げる勇気を湧き起こらせた。

「私の名を問わぬなら、あなたのお名前を教えてください。」

彼は緊張しながら尋ねると、彼女は静かに微笑んだ。

「私はさねかづらと申します。あなたのお名前は……?」

彼の心は胸を打たれるほど高鳴り、そして、決意を固めた。

「私は、名を捨てた身ではありますが……。」

彼は自らの身分を告げ、しかし、その名前にとらわれることなく、彼女に心を打ち明ける。その言葉に、彼女の瞳は驚きを隠せない。

「あなたは……右大臣の末裔……?」

彼女の声には驚きが込められ、しかし、彼女の心は変わらず、彼に優しく微笑みかけた。

彼らの出会いは、名もなき者と名高い者との間に生まれた奇跡のようなものであり、彼らの心は名を超えて通い合っていた。逢坂山の頂で、彼らは新たなる約束を交わし、名のない愛の物語が始まったのである。

逢坂山の頂上に立つ彼らの周りには、静けさと美しさが満ちていた。遠くには山々が連なり、その尾を引く雲が空に優雅に浮かんでいた。日の光が逢坂山の斜面に降り注ぎ、緑の木々や花々が輝いているように見える。風は穏やかに吹き、さねかづらの長い髪がそよそよと揺れていた。

彼女の目は澄んでいて、その深い瞳には青空が映し出されているようだった。彼の心は彼女の美しさにうっとりとしながらも、決意と勇気が宿っていた。彼らの間には、言葉に表せないほどの強い結びつきがあるように感じられた。

彼らが立つ逢坂山の頂から眺める風景は、まるで幻想のように美しく、時間が止まってしまったかのような錯覚を覚える。彼らは自然の中で、自らの心と向き合い、互いに心を開いている。その姿はまるで、山の景色と調和しているかのようだった。

そして、彼らの間に生まれる愛の芽は、山々の息吹と共に育まれていく。逢坂山の頂上で、彼らの運命が交わり、新たな旅路が始まる。











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