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次の日、私はアルドリッヒの書斎にあるソファに腰掛けていた。上等な黒梟の羽で作られたペンを手に、契約書に向き合っている。

ソファセットから少し離れて置かれた執務用の大きなデスクではアルドリッヒがソワソワしながら私が書面にサインするのを見守っていた。

私は当然この提案を飲むことにした。ロズベルト・カイザー・ファルケベルク・フォン・ツヴァイエルンは祖国の伝統と帝国の栄光に終生の忠誠を捧げている。
ツヴァイエルンのためになるならばどんな事でもする所存だ。
それが例えかつての敵将相手に春を売るようなことでも。

先程この部屋に来てすぐ私が承諾を伝えると、アルドリッヒは何度も本当に良いのかと確認してきた。
今断ってもこの事はツヴァイエルン側には言わないぞとも。
自分から卑劣な提案をしておいて今更何を正義面しているんだと思う。
祖国の同胞や王に知られなければ私が国に不利な選択をすると思うのか。みくびるのも大概にしろ。
腹が立ったが堪えて平然と書類を渡すように言ってやった。

そうして今、なんて事もない体でそれにサインしてアルドリッヒの手元に届ける。
思えばわざわざあんな本を事前に読ませたのも、嫌がる私を見て蔑むためだろう。
ならば顔には決して動揺を出すまい。それで相手が気に食わなくとも契約違反にはならないのだ。

精々好きに辱めるがいい。私はジャックのようにはならない。それも契約違反にはならないはずだ。アルドリッヒは本のようにしたいと言ったが、私にジャックのようになれとは言ってないからな。

そんな事を考えながら、アルドリッヒがサインするのを見届けた。
サッとペン立てに手にしていた筆記具を戻してアルドリッヒが立ち上がり私の前に立つ。

「これで、あんたは俺のものだ。い、一生大事にするから……」

顔を真っ赤にして私の肩を掴み、体を寄せてくる。
チュッと音がした後、額にキスをされたんだと理解した。
私の身長とあまり変わらないため、アルドリッヒが背伸びをしたせいで少しこちらに体重がかかっている。
だから、私は避けられなかったのだと思う。

私から離れたアルドリッヒはそそくさと座って卓上の他の書類にサインし始めた。
昨日同様また耳が真っ赤になっている。

大事にする?私を男根がないと生きていけない快楽堕ち肉便器するつもりの癖に?

そう言ってやっても良かったが、顔を上げられると私の頬まで何故か熱くなっている事が知られてしまいそうだったので無言で部屋を去った。

一体この奇妙な状況は何なんだ。突きつけられている要求は鬼畜極まりないのに、アルドリッヒの振る舞いはまるで初恋に浮かれている少年のようだ。
私はあの男に揶揄われているんだろうか。
もしそうなら絶対に翻弄されたくない。

まだ頬が熱い気がしてゴシゴシ手の甲で擦った。



その後、私の居住は与えられていた客室からアルドリッヒの寝室に移された。
露骨すぎないかと思ったが、私に決定権はないため大人しく従う。
書斎同様実用的な家具調度で仕上げられた質素な部屋は、儀礼的に飾られた来客用の寝室より落ち着くから悔しい。
自分は今後この部屋で男の慰みものになるというのに。

だが、契約は契約だ。
祖国のために必ずや全うしてみせる。

……今のうちに風呂にでも入ったほうがいいだろうか。いや、まだ真っ昼間だ。タイミングが早すぎる。
それならば体の筋でも伸ばしておくか。
ジャックはやたらと腕やら足やらを吊るされているからな。
フィクションならなんともない事にできるが、現実で無理な姿勢で長時間吊るされたら筋を痛めるだろう。

そうして屈伸や前屈をしているうちに最近動かしていなかった体がウズウズしてきたので、本格的な筋力トレーニングに移行した。
程よく汗をかいた後使用人に頼んで風呂を用意してもらい、さっぱりした体で少し仮眠を摂る。
ジャックはだいたい夜ろくに寝かせてもらえてないから寝溜めだ。
起きたら夕食ができているという事だったので一人で食べた。
アルドリッヒはまだ帰らない。

食べ終わってしばらくはいつ戻るかと落ち着かない気持ちでベッドに座ったり暖炉の前をうろうろしたりした。
しかしアルドリッヒはいくら待っても帰らない。

とうとう平時の自分ならとうに寝入っている時間になってしまった。

いつまで仕事をしているんだあの男は。
もう寝てしまうか?いや、流石に初日からそれは印象が悪いだろう。
難癖をつけられて和平案が不利になっても困る。
しかし、今から帰ってきたとして情事に耽る気力なんてあるだろうか。
やはり寝てしまおうか。国のために身を捧げる覚悟でおきながら、単に健康的な一日を過ごしただけになってしまうが。

その時ガチャリと音がして、アルドリッヒが部屋に入ってきた。

「あれ、まだ起きてたのか。」

そうあっさりと言う。

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