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そう思って自転車で浅川に向かった。
東都には新しいものがどんどん出来るけど、この辺りは昔からの風景が広がっている。
やっと見えてきた店構えにペダルをさらに踏み込もうとしたところで、入り口から出てきた2人連れを見て足が止まった。
1人はなんと麒臣君。
もう1人は知らない女の人。
すごく綺麗で、多分僕よりも背が高い、スラリとした西洋絵画みたいな人。
麒臣君と並ぶと外国映画から抜け出てきたような、この下町に場違いの洗練されたカップルだ。
思わず近くの家屋の陰に隠れる。
衆目の中2人はにこやかな表情でパンの袋を片手にこの辺ではまず見かけない自動車に乗り込んで走り去っていった。
その場から動けなくなる。
さっき見た光景が脳裏に焼き付いて、胃に石が入ったように重い。
心臓が止まるかと思った。
今の人が本妻さんだろうか。いや、でも麒臣君とだいぶ似た雰囲気だったから家族かもしれない。
でも、そんな事は問題じゃなかった。
もし彼女が麒臣君の血縁者でも、麒臣君に現に妻がいる事実は変わらないんだから。
僕といない時、麒臣君は奥さんとあんなふうに笑いながら過ごしているんだ。
僕、よく分かってなかった。
麒臣君に奥さんがいるって事がどういうことか。
「いやだ……。」
気がついたら僕は自転車に跨って長代橋の方に向かっていた。
下町に無造作に建てられた安っぽいビルには、ときわビルヂングと読める簡素なネームプレートが付いている。
その入り口に入ると狭いロビーの脇に階段があって、上下に続いていた。
その下に向かう階段を降りていくと、すぐに装飾性の全くない木のドアに行き着く。
自分が今からしようとしてることを考えて、ノックの手が止まる。
迷っていると中から扉が開いた。
「ようこそ。占いですか?ご依頼ですか?」
中から出てきたのは、僕より4,5歳年嵩の男の人だった。
真っ黒で艶やかな直毛をさらりと左肩に流して毛先をゆるく紫の組紐で結んでいる。
顔の線は細くて、変わった顔立ちでも無いのに引き込まれるような感覚を覚えた。
神秘的な一重の奥にある瞳の黒さのせいかもしれない。
服装は神主のような紺の直垂姿だ。
この近代ビルに似合わない時代錯誤な姿が妙にしっくりきている。
「もし?」
目の前の男の雰囲気に飲まれていたのに気付いて慌てて答える。
「あっ、依頼?です。多分……。人に、ここならアレな頼みも聞いてもらえると……。」
「そうですか。どうぞ。」
中に招かれて入ると、薄暗い中畳敷きの部屋が最小限の明かりで照らされて如何にもな古道具や呪具、密教の曼荼羅などが目に入る。
その中心に開いたスペースに小さな座卓と向かい合わせの座布団があり、そこに座るよう促された。
卓上脇に小さい行灯があり、そこに男が火をつけるとあたりがもう少し明るくなる。
「あの、星彦さんですか?」
「はい。あなたのお名前をお伺いしても?偽名でいいですよ。守るべき名のある方はそうします。」
「あ、鶯院麟太です。」
僕が名乗ると星彦さんは目を細めた。
「ふむ、恋煩いですか?」
「え!は、はいっ。」
「麟太様は大分秀でた方をお想いのようだ。」
「そ、そうなんです!僕にはもったいないくらいの人で、奥様もいて……」
僕の言葉に、また少し星彦さんが目を細める。
この人、有名な占い師なだけあって本当に言わなくても色々わかるんだ……!
「ご依頼はそれですか。ご自身が、奥様に成り代わりたいのですね。」
「はい。酷いことだと分かってるんですが、どうしても好きなんです。それで、チャンスだけでも欲しくて。」
「……失礼ですが、奥様のお名前や居所はご存知ですか?」
「あ、いえ。本人がいると言ったのでおいでなのは間違いないのですが、僕その、愛人で、日陰の身なので奥様の仔細は知らないのです。」
「調べても出て来なかった?」
「はい。知ってそうな人に聞いてもはぐらかされるんです。」
「困りましたね。それでは依頼はお受けできません。」
「えっ、そうなんですか!?」
「そうでしょう。名も居所もわからない相手をどうやって殺すんです。」
東都には新しいものがどんどん出来るけど、この辺りは昔からの風景が広がっている。
やっと見えてきた店構えにペダルをさらに踏み込もうとしたところで、入り口から出てきた2人連れを見て足が止まった。
1人はなんと麒臣君。
もう1人は知らない女の人。
すごく綺麗で、多分僕よりも背が高い、スラリとした西洋絵画みたいな人。
麒臣君と並ぶと外国映画から抜け出てきたような、この下町に場違いの洗練されたカップルだ。
思わず近くの家屋の陰に隠れる。
衆目の中2人はにこやかな表情でパンの袋を片手にこの辺ではまず見かけない自動車に乗り込んで走り去っていった。
その場から動けなくなる。
さっき見た光景が脳裏に焼き付いて、胃に石が入ったように重い。
心臓が止まるかと思った。
今の人が本妻さんだろうか。いや、でも麒臣君とだいぶ似た雰囲気だったから家族かもしれない。
でも、そんな事は問題じゃなかった。
もし彼女が麒臣君の血縁者でも、麒臣君に現に妻がいる事実は変わらないんだから。
僕といない時、麒臣君は奥さんとあんなふうに笑いながら過ごしているんだ。
僕、よく分かってなかった。
麒臣君に奥さんがいるって事がどういうことか。
「いやだ……。」
気がついたら僕は自転車に跨って長代橋の方に向かっていた。
下町に無造作に建てられた安っぽいビルには、ときわビルヂングと読める簡素なネームプレートが付いている。
その入り口に入ると狭いロビーの脇に階段があって、上下に続いていた。
その下に向かう階段を降りていくと、すぐに装飾性の全くない木のドアに行き着く。
自分が今からしようとしてることを考えて、ノックの手が止まる。
迷っていると中から扉が開いた。
「ようこそ。占いですか?ご依頼ですか?」
中から出てきたのは、僕より4,5歳年嵩の男の人だった。
真っ黒で艶やかな直毛をさらりと左肩に流して毛先をゆるく紫の組紐で結んでいる。
顔の線は細くて、変わった顔立ちでも無いのに引き込まれるような感覚を覚えた。
神秘的な一重の奥にある瞳の黒さのせいかもしれない。
服装は神主のような紺の直垂姿だ。
この近代ビルに似合わない時代錯誤な姿が妙にしっくりきている。
「もし?」
目の前の男の雰囲気に飲まれていたのに気付いて慌てて答える。
「あっ、依頼?です。多分……。人に、ここならアレな頼みも聞いてもらえると……。」
「そうですか。どうぞ。」
中に招かれて入ると、薄暗い中畳敷きの部屋が最小限の明かりで照らされて如何にもな古道具や呪具、密教の曼荼羅などが目に入る。
その中心に開いたスペースに小さな座卓と向かい合わせの座布団があり、そこに座るよう促された。
卓上脇に小さい行灯があり、そこに男が火をつけるとあたりがもう少し明るくなる。
「あの、星彦さんですか?」
「はい。あなたのお名前をお伺いしても?偽名でいいですよ。守るべき名のある方はそうします。」
「あ、鶯院麟太です。」
僕が名乗ると星彦さんは目を細めた。
「ふむ、恋煩いですか?」
「え!は、はいっ。」
「麟太様は大分秀でた方をお想いのようだ。」
「そ、そうなんです!僕にはもったいないくらいの人で、奥様もいて……」
僕の言葉に、また少し星彦さんが目を細める。
この人、有名な占い師なだけあって本当に言わなくても色々わかるんだ……!
「ご依頼はそれですか。ご自身が、奥様に成り代わりたいのですね。」
「はい。酷いことだと分かってるんですが、どうしても好きなんです。それで、チャンスだけでも欲しくて。」
「……失礼ですが、奥様のお名前や居所はご存知ですか?」
「あ、いえ。本人がいると言ったのでおいでなのは間違いないのですが、僕その、愛人で、日陰の身なので奥様の仔細は知らないのです。」
「調べても出て来なかった?」
「はい。知ってそうな人に聞いてもはぐらかされるんです。」
「困りましたね。それでは依頼はお受けできません。」
「えっ、そうなんですか!?」
「そうでしょう。名も居所もわからない相手をどうやって殺すんです。」
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↓めちゃくちゃ世話になっている。
B L ♂ U N I O N
B L ♂ U N I O N
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