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54, 南の魔女
しおりを挟む俺はすぐに部屋を出て、隣の駅にあるホームセンターに向かった。
目につくものはとりあえず買って、早足で家路に着く。
『もしもし、お尋ねしたいのですが。』
急いでいる時に後ろから聞き覚えがある言語で声を掛けられ、驚きで足が止まった。
今の言葉、スマラルド語じゃなかったか?
慌てて声のした方を振り返る。
そこには、背の高いスラリとした薄ブロンドの女性が立っていた。すれ違ったら絶対見てしまうくらい美人だ。
その彼女が、日本の街中では目立つくらいのいかにもファンタジーなローブを着て立っている。
『あなた、杖が欲しいのでしょう?』
言葉もなく女の人を見つめていると、今度ははっきりと、こっちには無いはずの言葉で喋ったと理解する。
『はい!ほしいです!すごく、ほしい!アナタ、スマラルダスの人?杖、くれマスカ?』
文字と同様に、魔法で話せた頃のうろ覚えでしか会話が出来ないことにもどかしさを覚える。
「いいわ。私の杖をさしあげましょう。」
その人は流暢な日本語になって、俺に木製の杖を差し出してきた
向こうの世界で使われていたのと同じものに見える。
「あっありがとうございます!え、えっと……」
しまった、両手が買ったもので塞がってる。
あたふたしていると、女性が笑った。
「ふふ。立ち話もなんだから、あなたのお部屋を貸してね」
女の人が、周囲に人気が無いのを確認して杖を振ると足元の道路に紫色の魔法陣が現れ、一瞬で2人とも俺の散らかった 部屋に転移した。
「あの、実は本当に困ってて、杖を貸してもらえるなら助かります。でも、どうして……。」
「あなたの召喚魔法に、この杖が反応したの。奇跡ってあるのね。それであなたの事を知ったのよ。今何が起きてるかもね。」
どうやら、俺の魔法は効いていたらしい。
それで気付いてこの人が持ってきてくれた、ってのもおかしな話だけど。
「あの、あなたは……。」
「私は、南の魔女。西の魔女の呪いを受けた子孫を解放する術を探して、あらゆる世界を旅してきた。でも、それももう終りね。」
と、言うことは、この人が初代スマラルダス大公のお后様で、オージのご先祖様か。
そんな人を、こんな汚い部屋にいさせて申し訳ない。
床に散らかったものを適当に端に避けて、座布団に座るよう促した。
「すみません、お茶とか出せるものが何もなくて……。」
「勝手に来たのだからお構いなく。それに、ゆっくりしている暇はないもの。」
南の魔女が差し出した手のひらを軽く振ると、そこにコロンと紫色をした半透明の石が出てきた。
「この魔石で、あなたの魔力を消費せずこちらと向こうを繋げるはず。あなたの持つ魔力は、全て西の魔女にぶつけなさい。」
「ありがとうございます。」
それも杖と一緒に受け取って、握り込んだ。
「さ、始めましょうか。気になることがあれば力になるから言ってね。」
「はい。あの、少し杖を試していいですか?使うの初めてなんです。」
南の魔女が頷いたのでちゃぶ台に置いてあったトトを目の前に置く。
そのトトの呪文を、杖を使って書き換えようと試みた。
そうすると、素手では比べものにならないくらいに簡単に呪文が連なっていく。
書き換えが進むにつれて徐々にトトの体が膨らみ、テリア犬の姿になっていく。
最後に書き換えた呪文にプロテクトをかけたら、すっかりトトは犬の姿になった。
「トト!」
「やったわカナト!あなた上手ね。」
『カナト!ずいぶん狭い部屋だ。まるで鳥小屋じゃないか!』
南の魔女の声に続けて、聞いたことのある声が部屋に響いた。
「へ?」
『こら、スパヴェンタ。今はそんなこといいのです。やっとカナト様と話せたのですよ。』
『あは、ごめんよラタ、ずっと気になってたからついね。』
信じられ無いことにトトが喋っている。俺が魔法を間違えたのか。しかも、この声は……。
『スパヴェンタさん、ラタさん、どして、トトの中に?』
トトに話しかけたら、ラタさんの声で話し始める。
『大公様が魔力を失った時に元々モノだった私たちは魂が消えそうになったのです。そこをトトが、自分の体に閉じこめて助けてくれました。』
『この体では、剣が振るえない。困る。戻してくれ。』
これは、レオンさんだな。
『そう?中々居心地いいけどね。なんだっけ?プラスチックだっけ?』
素材で居心地とかあるんだ。
「って、そんなことはいいから。トト、おまえそんなことが出来てすごいよ。お手柄だったな。」
「ワン!」
「みんなをまたオージに会わせてあげなきゃな。」
南の魔女もいて、トトもいて、ラタさん達もいる。
とても心強く感じた。
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