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51, オージ視点2
しおりを挟むグリファさんから、カナトを外して話がしたいと言われた時、あの話が来るんだろうとは思っていた。
「西の魔女の呪いだけど、カナトちゃんだけなら助けられるかもしれないわ。カナトちゃんは、多分上位の世界から来てると思うの。」
その言葉に、やはりグリファさんも同じ考えかと思った。
「はい。おそらくは。だから、カナトを元の世界に返せば呪いから引き離せるはずなんです。普通に帰したのでは、呪いはカナトの体を媒介にして向こうの世界にも行ってしまう。だから、カナトから呪いを取り出して、元の世界に帰します。そうすれば、取り出した呪いは消せずとも上位世界まで渡れずこちらに留まるでしょう。」
カナトからこの世界によく似た世界が舞台の本を読んだ事があると聞いた時から、カナトが来たのは僕たちがいる世界の上位にある場所じゃないかと推測はしていた。
上位世界は、下位世界に対する干渉力がすごく強いが、その逆はとても弱い。
それこそ、向こうでは単なる本に描かれた事が、こちらの世界のあちこちに影響しているくらいだ。
「やっぱり、気付いていたんだね。」
エルファさんが腕組みをして言う。
「はい。もう少し確証が持ててから、協力をお願いするつもりでした。この世界で魔女の呪いに干渉できる力があるのは、魔女だけなので。」
「わたくしたちに、カナトちゃんの呪いを剥がして、元の世界に帰してあげて欲しいってことね?」
その言葉に頷いた。
「引き剥がした呪いは、第二の対象である僕に移して下さい。対象をなくした呪いが暴走しないように。対価は僕が死ぬまでの魔力と、死後残る財産の全てです。」
「それなら、わたくしが西の魔女の呪いに干渉することにも釣り合うわ。でも、本当にいいの?オズバルドちゃん、魔法を失えば、スマラルダスも手放す事になると分かっているでしょう。」
トニトルス家が長年スマラルダスを統治しているのは、高い魔力を持つからだ。それを失えば当然大公の座にいる理由はなくなる。それに、本来の対象と違う相手に呪いが効いたらどこまでの影響があるか。少なくとも、今よりは早く体を蝕むだろう。
「はい。僕は退位します。後のことは、みんなならきっと引き継いでくれるはずだから。」
エルファさんが、呆れたと言う顔で俺を見る。
本当に、普通に考えれば馬鹿げていると自分でも分かっていた。
本来なら、僕は死ぬ前に子供を作ってスマラルダスに強力な魔法使いの守護者を用意してから死ななきゃいけない。
けれど、それはしないと決めた。
子供が生まれるまで待っていたら、呪いがどこまでカナトの体を壊すか分からないから。
「だから、グリファさんにスマラルダスを譲ります。それが、カナトを元の世界に帰してもらう対価です。」
「そっちは、ノルドでも出来ることだわ。あの子にやらせましょう。向こうも願ったりとはいえ、私が口利きしてウィンスラントにドロテオとの結婚を認めさせてあげたのだから、嫌とは言わせないわ。」
「けれど、スマラルダスには僕の後の守護者が必要です。先生が引き受けてくれるとは……。」
なんたって、そういうのが嫌で森に引きこもっているような人だ。
「もちろん、スマラルダスの人々が求めるなら、わたくしが守護しましょう。でも、オズバルドちゃん、仮にその方が為になるとしても、貴方がスマラルダスを売るなんてだめよ。」
グリファさんに諭すように言われて、僕はグリファさんに心からお礼を言った。
そうして、僕は水面下でカナトを帰す準備を進めた。
一番手こずったのは、カナトの世界が本当に上位世界か解析することだった。
これを間違えれば、カナトを送り返しても呪いが追いかけてしまう。
解析はカナトに触れている間にこっそり進めたけど、カナトを抱く方に夢中になってしまったり、解析に必要以上の事をしたりした事は認める。
僕の手で乱れる可愛いカナトを前にしたら我慢できなかったし、それに、自分にとっては最初で最後の愛する人と過ごす時間だったから後悔したくなかった。
初めてカナトを抱いた時、カナトの体を解析した結果、やはりカナトが来た世界は上位世界だと確証を持った。
カナトを元の世界に帰す事を決めて、グリファさんに連絡を入れた。
それが分かったとき、嬉しい反面、どこか絶望している自分もいた。
カナトを帰しても呪いは無くならない事がわかれば、離れずに済む、そんな展開を微かに期待していた自分に失望する。
戻った後で僕以外に大切な人が出来るだろうかとも考えた時も、その方がカナトの幸せのためにはいいはずなのに、絶対に嫌だと思う我儘な自分が嫌になった。
取るべき道は分かりきっているはずなのに、僕はかなり迷っていた。
実際、カナトが僕にプロポーズしてくれて結婚してくれた時は、全て話してしまう寸前までいった。
話せば、きっとカナトは自分だけ帰る事を拒んで一緒に呪いを引き受けてくれる。
けれど、それは僕が楽になるだけで、カナトにとっては僕の母様のように病に長く蝕まれて苦しみながら死ぬ未来が決まる選択だ。
そう自分に言い聞かせて何とか思いとどまった。
迷いを隠しきれない僕の様子をカナトが訝しみ始めたけど、どうにか誤魔化してエルファさんに魔法を掛けてもらうところまで持ち込んだ自分を僕だけは褒めてやりたい。
嫌がるカナトが向こうに戻るのを見送った時、僕の心が空っぽになったのを感じた。
カナトが消えた後、グリファさんたちは僕を気遣って側にいようとしてくれたけど一人になりたいからと帰ってもらった。
誰も人間がいなくなった屋敷で、部屋を見て回る。
厨房には、猫に戻ったミミが、ガルボだった木の人形に体を擦り付けているのを見つけた。
抱き上げて話しかける。
「ごめんね。ガルボは、もう動かないんだ。ミミも好きなところへお行き。今までありがとう。」
そのまま下に降ろしてしばらく歩いても付いてくるので、もう一度抱き上げて一緒に屋敷を回った。
庭に倒れたカカシ、待機室にいたヤギとブリキ、門にいたライオンのぬいぐるみ、他にも今まで僕のために働いてくれていた子たちに、感謝と謝罪をしていく。
この屋敷も、今までみたいな管理は僕一人で出来ないけど、僕が死ぬまでは動物に戻った子達の雨風を凌げる寝床くらいにはなるだろう。
屋敷中を回った後、退位をみんなに宣言するため、城に行こうとしていつもの癖で書斎に入ってしまった。
もう僕には、魔法が使えないのに。
「ふふ……バカだったね。」
一人つぶやいても、返事があるわけもない。
何だかすぐに動けなくて、ソファに座り込んだ。
ミミが足元で体を寄せてくれる。
「カナト……。」
広い部屋で、また小さく呟いた。
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