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20, 愛することはない
しおりを挟む体がふわっと柔らかいところに降ろされる感覚で意識が浮上した。
睡魔に負けて寝てしまっていたみたいだ。
意識はあるのに、金縛りにあったように体が動かない。
衣擦れの音がして、誰かが近づいてくる気配がした。
直感的にオージだと思ったけど、体は動かないし声も上手く出てこない。
どうにか起きないと、会えなくなっちゃう。
起きられない。嫌だ。
「っう……うぅ……やだ……」
どうにか声を絞り出した。
けれど、目が開かなくて様子が分からない。
すぐに額に暖かいものが触れた。
するりと撫でる様子でそれが手だと分かる。
『どこ……か……虹の……彼方、の……』
遠くから聞こえるような音量だけど、オージの歌声だ。
俺が教えた歌を歌ってると思ったら何だか嬉しくなった。
しばらくして声が止んで、額の熱が薄らいでいく。
駄目だ、行っちゃう。何とか止めないと。
動かない体で必死にもがいて、手を伸ばした。
何か触れたものをとにかく握りしめる。
「オージ……行ったらやだ……ぐすっ」
泣きべその情けない声だけどどうにか絞り出せた。
俺、どうしてこんなに必死なんだろう。
伸ばした手に暖かい感触がして、もう駄目だと思いながらまた深い眠りに沈んでいった。
瞼の向こうの明るさに、自然に目が覚めた。
はぁ、またオージに会えなかったなと、起きるなりがっかりしながら寝返りを打つ。
びっくりする光景が目の前にあった。
同じように横向きにすやすや寝るオージが目の前にいる。
閉じた目を縁取るまつげがとにかく長いし、イケメンは寝ていても顔面の強さがすごい。
「は?」
飛び起きようとしたところで、自分ががっちりオージの手を握りしめていることに気が付いた。
慌てて離して後ずさる。
「ん……」
オージが鼻に抜ける甘ったるい声で呻いて、すっと目を開けた。
「あっ、オージ……えっと……。」
「カナト、おはよう。」
寝起きの口臭とか少しもしなさそうな爽やかな微笑み、ガチ王子様だわ。王様なのに。
俺は多分臭いと思う。またちょっと後ずさる。
何で、オージが俺のベッドで寝てるんだろう。
いや、今はそんなことどうでも良い。
また避けられる前に何とかオージを説得しなくては。
体を起こして起きあがろうとするオージに、慌てて告げた。
「俺、オージを愛することはないから!」
俺の叫びを聞いたオージがめをぱちくりさせる。
オージがいなくなる前に全部伝えねばと焦った俺はそれをガン無視して話を続けた。
「だから安心して俺を好きになっていいから!だから、もう避けないでくれよ!」
ポカンとした顔で俺を見つめるオージ。
「ぷっ、あっはっはっは!」
すぐに顔がくしゃっとなって盛大に笑いだした。
笑われて、自分の言った事を振り返ることが出来た。
冷静に考えて何言ってんだ俺。
「ごめん、オージ。変な事言って。でも、俺たち友達でいれば呪いとか関係ないだろ?な?別に会った人全員を好きになるものでもないし、オージはちょっと慎重になりすぎてるんじゃないかなって。」
必死に発言の意図をフォローしてみるけど、オージはお腹を抱えて前屈みになったまま肩を振るわせるばかりだ。
俺の言葉をちゃんと聞いているかも怪しい。
「カナト、避けていてごめん。それと、勝手に眠りの魔法をかけていた事もごめんなさい。」
ふーっと息を整えた後、オージが申し訳なさそうに謝ってきた。
やっぱりあの強烈な睡魔はオージの仕業だったか。
「いいよ。こうして話ができたし。忙しいのは十分わかってるから、無理して俺の相手をする必要全然ないけど、たまには一緒に食事したり話したりしたい。」
「うん、これからはもっと早く帰ってくるし、休みには一緒に過ごそう。」
「ありがと。俺の相手よろしくね。」
何だかわからないけど、俺のメチャクチャな説得が効いたようだ。
これをきっかけに、誰でも彼でも人を避け続けるような生き方を見直してくれたら嬉しい。
だってそんなの寂しいし。
「カナト、これから先君の事は僕が絶対守るよ。」
オージがそう言って俺の手をギュッと握った。握った手を自分の方に引き寄せて、指先に触れるくらいのキスをしてくる。
へぁ!?な、何?
スマラルダスは気軽にキスする欧米式社会なの?確かに見た目は西洋だけど。
「よ、よろしく……」
野郎に指先にキスされるのなんて初めての俺、リアクションに困る。
「うん。そうしたら僕、昨日帰ってきたまま寝てしまったからお風呂入って着替えてくるよ。カナトは先に朝食を食べて。」
「いや、待ってるから一緒に食べよう。」
「いいのかい?じゃあすぐ終わらせてくるから。」
オージが軽い足取りで部屋を出ていくのを見送った。
これは仲直り、出来たって事でいいよな。
友達作戦フェーズ2成功ってことで。
安心したら、お腹がグゥと鳴った。
今度はオージに聞かれなくてよかった。
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