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19, オージ視点
しおりを挟むカナトと出会ってから少し話しただけで、これはまずいなと思った。
優しくてまっすぐで、どこか放っておけない。
今までは他人ときちんと距離を置いた付き合いが出来ていたのに、カナトはするすると僕の心の中に入ってきてしまう。
目が覚めた時だって、ラタか誰かを代役に立てて自分で会うつもりはなかった。
けれどたまたま様子を見に行ったら酷くうなされながら寝ていて、思わず額の汗を拭って話しかけていた。
そうしたら安心したように笑って穏やかに眠ってくれた。
それから何となく気になって毎日会いに行って、目覚めたらすぐに知らせるようにオウムに頼んでいた。
その頃から既に僕はカナトのことを酷く気にしていて、それはとても危険なことだった。
西の魔女の呪いは強力だから、きっと別の世界の魂にも有効だろう。まして体はこの世界のドロテオのものだ。
だから、本来カナトとも関わるべきじゃない。
母様だってたまたまスマラルダスに商売に来た行商人の娘で、まさか父様と結婚するとは思わなかったと言っていた。
恋心というのは、本当にどう転ぶか分からないのだ。
現に父様だって呪いの存在は知っていたのに母様に一目惚れして求婚してしまったのだから。
まったく無責任だと思う。
けど、トニトルス家はたぶん元々恋愛体質な一族なんだ。
両親のような例が他にいくつもある。
西の魔女はその本質を見抜いていて、嫌がらせにはぴったりな呪いを掛けたのだろう。
「今日も僕を待ってるのかな……」
「何かおっしゃいましたか?」
大臣に聞かれてはっとする。考えが口に出てしまって、微かにも聞こえてしまったようだ。
「コホン、いや、何でも。続けてくれ。」
咳払いをして会議室に声を送る。
衝立の向こうで大臣が僕のハリボテに向かって話を続けた。
城での僕は、誰にも本来の姿を見せてはいない。
会議室には魔法で組み立てた偶像の王様を据えていて、それを衝立の後ろから操って仕事をしている。
姿を隠しているのは城で働く人たちと必要以上に親しくしないためだけど、たまにイタズラで姿をクマちゃんやブタちゃんに変えたときの大臣たちの反応は結構楽しい。
気を抜くとカナトのことを考えてしまうのをどうにか律して、この日の会議は何とか終わった。
「大公陛下。」
会議に出席していた総務大臣のロバートが最後に話しかけてくる。
「なんだい?」
「陛下のご事情は存じておりますが、困ったことがあれば国政以外の事でも我々はお力になりたいと思ってますので。」
「ロバート、公私の混ざった発言は控えたまえ。」
「だってエディオ、君だって最近の陛下の様子を心配しているだろう。」
法務大臣のエディオが嗜めるのに、ロバートが反論する。
この二人は、僕よりはずっと年上だけど閣僚の中では若手で仲も良いので、僕の事をこうして揃って気にかけてくれる。
他の大臣たちも気遣わしげにしているので、僕の最近の異変はハリボテ越しでも分かるほどなんだと気付かされた。
「陛下、あのエスト家の三男が迷惑を働いてるのでは……最近城にいらっしゃる時間が長いのも家庭に居づらいからですよね!?気持ちわかります。私の妻もとても怖いので……。しかし逃げていても解決になりません。強い気持ちでビシッとしないと。私は出来ていませんが……。」
「ロバート、落ち着け。誰も貴様の家庭の話はしていない。」
「ああ、そうだな。すみません。」
大臣二人がいつものコントを始めたので、様子を見ていた他の大臣がくすくす笑い出した。僕もちょっと吹き出しそうになる。
「ありがとう。でも、大丈夫だ。本当に困ったら相談してもいいかな?」
「陛下、もちろんです。みな貴方を心配していますよ。」
その場のみんなが頷くのを偶像の瞳が捉えた映像越しにみながら、ありがたいと思う一方で本当の姿すら表せない自分を申し訳なく思った。
それから特に急ぎでもない仕事を時間稼ぎの為だけにこなして帰ってみれば、案の定ソファに倒れ込んでカナトが眠っている。
部屋に運ぼうと覗き込むと、顔の横に投げ出された掌にうっすらと爪痕があった。
睡魔にあらがうために強く握りしめだのだろう。
魔法で無理矢理に眠らせて申し訳ない気持ちになった。
たくさん書いてくれている手紙も、作ってくれたプレゼントも、本当は全部喜んで受け取りたい。
けれど、カナトにこれ以上思い入れてしまったら、好きにならない自信は僕にはなかった。
杖を取り出して掌の状態を解析し、細胞を修復するようコードを書き換えていく。
すっかり跡も無くなったので、杖を降ってカナトの体を彼の寝室に送りこむ。
自分も部屋に移り、ベッドに浮かせた状態で寝間着に着替えさせてマットに降ろした後かけ布団を被せた。
そうしたら他にやることはないのだからさっさと自分の部屋に戻るべきなのに、名残惜しくてそっと寝顔を覗いてしまうのをいつも止められない。
今日も、眠るカナトの横に立って薄暗い部屋でじっと目を凝らして見下ろした。
「っう……うぅ……やだ……」
カナトが辛そうに呻いて小さく首を振った。一瞬ドキリとしたけど、すぐに寝言だと理解する。
また、つらい夢を見ているのかな。
可哀想になってそっと額に手を添えて汗ばんだ表面を撫でる。
「どこ……か……虹の……彼方、の……」
カナトが一度歌ってくれただけで覚えてしまった歌を、思わず口ずさんだ。
美しくて、聞いていてとても落ち着くのに、どこかもの悲しさもあるメロディーだと思う。
歌っているうちに少しカナトの顔の険しさが薄らいだので、そっと手を離そうとした。
その時、ぐっとカナトに袖を掴まれた。
僕の魔法を破って起きたのかと驚いたけど、瞳は閉じたままだ。
「オージ……行ったらやだ……ぐすっ」
そう涙声で寝言をいって弱々しく掴んでくる手を、僕は振り解けなかった。
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