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しおりを挟む魔王というものに向き不向きがあるなら、私は向いていない方だったのだろう。
生まれ出でた時から自分が魔族を統べる存在という自覚はあった。
そして己の役目に従い生きたつもりだ。
しかし、そうして権勢を振るった先に人間に打ち負かされることが運命だったのか。
魔王を倒す使命を負った勇者に攻め込まれ私は敗れた。そして死ぬ覚悟をした時、右腕であった淫魔のイオが全ての魔力を使って私と入れ替わり、代わりに屠られた。
魔力を一時的に封じられた私は原始の姿である狼と化し城を逃れるべく走った。
人間に討伐された眷属たちの死体が転がる中でアルを見つけたのは奇跡だったと言っていい。アルはイオの生まれて間もない息子だった。
側にはイオの妻がアルを庇うように事切れていた。母親の尽力か人間の最後の情けか、美しい赤子には傷一つ無かった。
イオは優れた魔力を持っていたが、淫魔は下級魔族の身分であったので不遇な扱いを受けていた。
それを私が見出し登用した。
私としては魔界統治のための必要な采配だったが、イオはいたく感謝して忠義を尽くし、最後は私の命までも救った。
ならば、私は惨めに生きながらえてでもこのイオの遺した命を繋ごう。
アルが母親の屍に抱かれながらも私を見て無邪気に笑った時、そう決心した。
あれから18年、私にとっては瞬きをする程の時間だが、アルが美しい成体になるには十分な時間だった。
「ルーデリヒ!課題の本をまとめたんだ。添削してくれる?」
近頃勉学に励みだしたアルが、私の書斎に転がるように飛び込んできて書面を差し出してくる。
「もう読んだのか。最近よく頑張っているな。」
「うん。俺、早くルーデリヒの仕事のお手伝いがしたいからね!」
魔王城を捨てた後、私はアルを育てる環境を作るために人間に身をやつした。
そして回復した魔力で錬金や宝珠の合成を行って一財産を築き上げ、没落した地方領主から身分を買った。今や魔族に勇者を送り込んできた憎き国の片隅で、男爵として様々な事業に手を出しながら生活している。
一度入り込んでしまえば、平凡な人間の意識なんて魔力でいくらでもごまかせるのだ。
私は古くからこの土地に根付いた地方貴族として周囲に認知されているし、引き取った恩人の子以外に交流関係も親族もいない私を不審がる事なく受け入れている。
アルは指折りの淫魔であった両親の血に恥じず絶世の美しさを持つ青年になった。
おかげで評判が広がりメイドや女給の雇用には困らない。
いつアルが淫魔としての本能に目覚めてもいいように、村の若くて美しい娘を取り揃えている。
それだけでなく、私が成しうる最高の環境で手塩にかけて育てたアルはとても素直で利発な子でもある。
イオは不遇な生活が長かったからどこか影のある男だったが、アルは明るくてまるで太陽のような男だ。きっとこれからも人間社会に溶け込んで生きていけるだろう。
大半の魔物が勇者率いる国軍に殺された今、アルを守るには人の中に紛れるしかない。
「うん、よく書けている。」
私はアルのレポートを読んだ率直な感想を伝えた。
習慣でその眩い金髪を撫でようとして、ふと手を止める。
アルはもう成体だ。今更頭なでなでもどうだろう。
最近になり若干そのあたりを考えるようになった。
いかんせん淫魔の子を育てるのは初めてだ。
人型の魔物だからか淫魔は人間に似た成長をするが、反抗期も思春期もなくいつも私を慕ってくるアルについ幼体と変わらない態度になってしまう。
長い月日を生きる私にしてみれば0歳も18歳もあんまり変わらないというのもあるが。
「ありがとう、ルーデリヒ。よく出来たご褒美くれる?」
アルが期待に満ちた目を隠しもせず尋ねる。
「なんだ?言ってみろ。」
「よしよしして?」
頬を赤くしてこちらを見てくる表情に、誘われるように手を伸ばした。
本来魔王の私に淫魔の魅了は効かないはずだ。イオの時はそうだった。
しかし、アルの術は効いている気がしてならない。
まだアルは淫魔の本能に目覚めてはいないはずだが、ひょっとしたら両親を超える力を持っているのかもしれぬな。
サラサラの髪に指を通すように撫でながら思った。
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