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第2章 入学前編
5 公爵
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「怖いか?」
ユーリスに不意に小さい声で聞かれてドキリとする。
「どうしてですか?」
「さっきよりギュってしてくるから。」
「失礼いたしました。」
「別にいい、……だから、離れなくていいって。」
知らないうちに篭っていた力を抜いて離れようとしたら、両手首を掴まれて前に引っ張られた。
また上体がぴったりユーリスの背中にくっつく。
もう抵抗するのも面倒だったので、あとは着くまでユーリスの肩口にもたれて過ごした。
「き゛ほ゛ち゛わ゛る゛い゛……」
別荘のリビングルームで長ソファに寝そべったユーリスが何度も言う。
言ったって楽になる訳じゃないのに。
青ざめた額に濡れ布巾を乗せ、顔を扇子で柔らかく扇ぐ。
揺れる馬に完全に乗り物酔いしたらしく、別荘の前でアッシュタールから降りるなり嘔吐して今に至る。
俺よりよほど馬に乗ってるはずなのに……
「ユーリス、おまえ普段乗馬訓練を真面目に受けているのか。」
公爵様が向かいのソファに腰掛けて呆れたように言う。
「受けてるよ。今日は神経を研ぎ澄ましてたから揺れがいつもより響いて……」
またよく分からない言い訳を。
「僕は悪くない……ルコが悪い……。」
濡れ衣が過ぎる。
「ルコ、この別荘に来るのは初めてだったな。少し屋敷と周りを案内するから付いて来い。」
公爵がユーリスを見切って話し出した。
妥当な判断だ。
「はっ。ミラ侍従長から大方のことは聞いておりますが、恐縮です。」
「やだ……ルコぉ……置いてくなぁ……」
追いすがる声を無視して公爵とリビングを後にする。
最後にちらりと振り返ってユーリスの顔色を確認した。
まあ、最初より良くなってるから一人にしても平気だろう。すぐ帰って来れば。
「過保護だ。」
前を向くと公爵がそう告げてきた。
「申し訳ございません。そんなつもりはないのですが。」
「ははっ、……アレも良くそう言った。」
ざっと室内の間取りを確認して、2人で屋敷の外に出た。
別荘は小高い丘の上にあり、そこからさらに西方向に傾斜がかかった山がある。
その山全体が紫紺の森だった。
森に向かう道や近くの集落の方角を公爵に教えてもらう。
「言おうと思っていたが、君が幼いユーリスを支えてくれて良かった。礼を言う。」
近くの井戸の位置を確かめに行く所で公爵がそう言った。
意外な言葉に目が丸くなる。
「……恐れ入ります。」
「君が奉公に来る1年前に妻と長男を亡くし、ユーリスも私も荒んでいた。君が来てからユーリスは変わり、私もそんなユーリスを見ているうちに……2人のことを考える時間が減った。」
公爵は辿り着いた井戸の淵に腰掛けて続けた。
「過去にすることが正しい事か分からなかった。だが、その頃アッシュが今の姿になってな。何故かもう大丈夫だと、言われた気がした。」
何故そんな話を俺にするんだろう。
戸惑う俺を察したのか、公爵が肩をすくめた。
「ヨハンに、契約の無い者が守護獣について学ぶ方法がないか相談しただろう。」
「はい。」
スチュワードのヨハンは面倒見が良くて、年齢もだいぶ上だから俺も仕事や自分のことを色々話していた。
まさかそれが公爵の耳に入っていたとは。
守護獣について学ぶ公式な場は王立学園だけだ。育成科の他に研究科がある。
けど、入学の最低条件は守護獣と契約してる事。
俺は当てはまらない。
だから、他に学べる手段を探している。良い手が見つかったら今の仕事を辞めるかもしれない。
ただ……
考えるたびに浮かぶ顔がまた脳裏を掠めて、意思を鈍らせる。
「私の古い知り合いに、在野で守護獣育成の指導をしている者がいる。弟子入りを口利きしてやろう。」
「それはありがたいお申し出ですが、今の仕事は……」
「辞めて構わない。君は十分仕えた。ユーリスは嫌がるだろうが、死別ですらいつかは過去になる。望むようにしなさい。」
「……。」
願ってもいない事なのに何故かすぐに返事ができなかった。
「よく考えて返事をするように。」
公爵はそう言った後別荘に向かって歩き出す。
その後を黙って追った。
「このまま戻られるのですか?」
建物に入らずアッシュタールを呼んだ公爵に尋ねる。
「ああ。思ったより長居した。もう戻らないとヨハンがうるさい。2日後また迎えに来る。何か起きた時はこれを使いなさい。」
公爵から小さな笛を2つ渡された。
ゲームにもある呼び出しアイテムだ。
吹けばどこからでも守護獣に届いて呼び寄せることができる。
「承知いたしました。」
「ユーリスだけでなく、君に何かあっても使いなさい。」
え、と思わずまじまじと公爵を見上げる。
「ヨシュアが生きていれば君と同い年だった。そんなつもりで雇ったわけではなかったが。」
あっと言う間に遠くに消えた公爵の後ろ姿を見送って、別荘の中に入った。
ユーリスに不意に小さい声で聞かれてドキリとする。
「どうしてですか?」
「さっきよりギュってしてくるから。」
「失礼いたしました。」
「別にいい、……だから、離れなくていいって。」
知らないうちに篭っていた力を抜いて離れようとしたら、両手首を掴まれて前に引っ張られた。
また上体がぴったりユーリスの背中にくっつく。
もう抵抗するのも面倒だったので、あとは着くまでユーリスの肩口にもたれて過ごした。
「き゛ほ゛ち゛わ゛る゛い゛……」
別荘のリビングルームで長ソファに寝そべったユーリスが何度も言う。
言ったって楽になる訳じゃないのに。
青ざめた額に濡れ布巾を乗せ、顔を扇子で柔らかく扇ぐ。
揺れる馬に完全に乗り物酔いしたらしく、別荘の前でアッシュタールから降りるなり嘔吐して今に至る。
俺よりよほど馬に乗ってるはずなのに……
「ユーリス、おまえ普段乗馬訓練を真面目に受けているのか。」
公爵様が向かいのソファに腰掛けて呆れたように言う。
「受けてるよ。今日は神経を研ぎ澄ましてたから揺れがいつもより響いて……」
またよく分からない言い訳を。
「僕は悪くない……ルコが悪い……。」
濡れ衣が過ぎる。
「ルコ、この別荘に来るのは初めてだったな。少し屋敷と周りを案内するから付いて来い。」
公爵がユーリスを見切って話し出した。
妥当な判断だ。
「はっ。ミラ侍従長から大方のことは聞いておりますが、恐縮です。」
「やだ……ルコぉ……置いてくなぁ……」
追いすがる声を無視して公爵とリビングを後にする。
最後にちらりと振り返ってユーリスの顔色を確認した。
まあ、最初より良くなってるから一人にしても平気だろう。すぐ帰って来れば。
「過保護だ。」
前を向くと公爵がそう告げてきた。
「申し訳ございません。そんなつもりはないのですが。」
「ははっ、……アレも良くそう言った。」
ざっと室内の間取りを確認して、2人で屋敷の外に出た。
別荘は小高い丘の上にあり、そこからさらに西方向に傾斜がかかった山がある。
その山全体が紫紺の森だった。
森に向かう道や近くの集落の方角を公爵に教えてもらう。
「言おうと思っていたが、君が幼いユーリスを支えてくれて良かった。礼を言う。」
近くの井戸の位置を確かめに行く所で公爵がそう言った。
意外な言葉に目が丸くなる。
「……恐れ入ります。」
「君が奉公に来る1年前に妻と長男を亡くし、ユーリスも私も荒んでいた。君が来てからユーリスは変わり、私もそんなユーリスを見ているうちに……2人のことを考える時間が減った。」
公爵は辿り着いた井戸の淵に腰掛けて続けた。
「過去にすることが正しい事か分からなかった。だが、その頃アッシュが今の姿になってな。何故かもう大丈夫だと、言われた気がした。」
何故そんな話を俺にするんだろう。
戸惑う俺を察したのか、公爵が肩をすくめた。
「ヨハンに、契約の無い者が守護獣について学ぶ方法がないか相談しただろう。」
「はい。」
スチュワードのヨハンは面倒見が良くて、年齢もだいぶ上だから俺も仕事や自分のことを色々話していた。
まさかそれが公爵の耳に入っていたとは。
守護獣について学ぶ公式な場は王立学園だけだ。育成科の他に研究科がある。
けど、入学の最低条件は守護獣と契約してる事。
俺は当てはまらない。
だから、他に学べる手段を探している。良い手が見つかったら今の仕事を辞めるかもしれない。
ただ……
考えるたびに浮かぶ顔がまた脳裏を掠めて、意思を鈍らせる。
「私の古い知り合いに、在野で守護獣育成の指導をしている者がいる。弟子入りを口利きしてやろう。」
「それはありがたいお申し出ですが、今の仕事は……」
「辞めて構わない。君は十分仕えた。ユーリスは嫌がるだろうが、死別ですらいつかは過去になる。望むようにしなさい。」
「……。」
願ってもいない事なのに何故かすぐに返事ができなかった。
「よく考えて返事をするように。」
公爵はそう言った後別荘に向かって歩き出す。
その後を黙って追った。
「このまま戻られるのですか?」
建物に入らずアッシュタールを呼んだ公爵に尋ねる。
「ああ。思ったより長居した。もう戻らないとヨハンがうるさい。2日後また迎えに来る。何か起きた時はこれを使いなさい。」
公爵から小さな笛を2つ渡された。
ゲームにもある呼び出しアイテムだ。
吹けばどこからでも守護獣に届いて呼び寄せることができる。
「承知いたしました。」
「ユーリスだけでなく、君に何かあっても使いなさい。」
え、と思わずまじまじと公爵を見上げる。
「ヨシュアが生きていれば君と同い年だった。そんなつもりで雇ったわけではなかったが。」
あっと言う間に遠くに消えた公爵の後ろ姿を見送って、別荘の中に入った。
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↓めちゃくちゃ世話になっている
B L ♂ U N I O N
B L ♂ U N I O N
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