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第2章 入学前編
1 六年後
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窓の外が夜明けの光でうっすら明るくなる頃、体に染み付いた習慣でふと目が覚めた。
まだ薄暗い部屋の中で、右腕あたりに温もりを感じる。
もぞっと手を動かしてみれば案の定その手触りはノスニキの毛皮で、またユーリスのところを抜け出して来たのかとぼんやりした頭で撫でながら笑った。
ノスニキは、初めて中庭で見た時から6年が過ぎた今も小さな子犬のままだ。
ユーリスや俺の背が伸びたせいで更に小さくなったようにすら見える。
小さな眠りを邪魔しないようにそっとベッドから抜け出してシャツとズボンに着替え、デスクランプに細く明かりをつけてノートを開いた。
あと半刻もすれば仕事を始めなきゃならない。
それまでに、今週ノスニキに施す育成プランを考え考え書き出していった。
少し作業していると膝の上にノスニキがあがってきて丸くなる。
くわぁっ、とあくびをして顎を前足にぽてっと乗せた。
その丸い背中を撫でながらまたペンを走らせる。
しばらくして、静かな部屋にドタドタと物音が廊下から響いてきた。
タイムリミットが迫っていることを知り慌ててメモを書き上げる。
最後の句点をつけた時、カチッと外側から内鍵が外されてガチャリと扉が開いた。
「ノスが来てるだろ!!」
可愛い鈴みたいだった頃の面影もない低い通りが良い声が部屋に響く。
施錠した部屋に何故か入りこめるちいさな守護獣が驚異なら、使用人の部屋の鍵を所持して勝手に開けてくる主人は脅威だ。
でも、不法侵入、プライバシーの侵害、そんな俺が当たり前のように知ってる言葉はこの世界にはかけらも無いわけで。あるのは雇われの平民は雇い主のお貴族様には逆らえないという事実だけ。だからユーリスの調子のコキざまは天井知らずと言っていい。
「ずるい!」
膝でくつろぐノスニキを見て叫んだユーリスが、情けない嫉妬心をこちらに向けてズカズカやってくる。
ムズッと小さい体を掴んでポイッとベッドに放ると、ノシッと人の膝に跨ってきた。
ぽすっ、と軽やかな音がしたので、ノスニキは無事着地したのだろう。ユーリスに抱きつかれていて俺には見えないけど。
もう本当に止めて欲しい。
ちんまりしていた頃とは違うのをいい加減理解すべきだ。体格だってほぼ変わらないんだからまともに乗られたら結構重い。
俺がノスニキに懐かれてるのがそんなに羨ましいなら、くつろいでるのを邪魔するような意地悪しなきゃいいのに。
「坊っちゃま、どいて頂いても?もう業務を始める時間ですので。」
「まだ誰も起きてきてないだろ。ルコももっかい一緒に寝よ?」
なぜあんたと俺が仲良く二度寝しなきゃいけないんだ。
「今から始めないと、午後のノスガルデルタ様の訓練までに屋敷のことが終わりません。それとも坊っちゃま一人でなさいますか?」
そうした方がユーリスにとってはいいと思うけど。
「嫌だ。」
一人で訓練するのが面倒なのか、ユーリスは大人しく膝から降りた。そのままベッドに倒れ込んでもそもそと布団を被り、いつものように人の部屋で二度寝の体勢を決め込む。
またも陣地を乗っ取られたノスニキが迷惑そうに後ろ足で布団の塊を蹴りつけた。
視界を塞いでいた体が消えたので、ノートを閉じて文具をしまう。
ランプの調節つまみをスライドさせて酸素を断てば焦げた芯のにおいが鼻先をかすめた。
ワードローブからジャケットとスカーフを出して身につけ、袖をカフスボタンで留める。
壁掛け鏡の前に移動して、整髪油で髪を後ろに撫で付けた。
ずっと背後の布団の塊から視線を感じるけど相手にしてると遅れるので気付かないふりをする。
「私はもう参りますが。」
「眠いから僕はここで寝る。」
毎度の事ながら部屋に戻れよ。こっちの世話が大変なんだよ。
「承知しました。失礼いたします。」
逆らえないこの身が悲しい。
主人に今日着せる服の準備から始めることにして、部屋を出てユーリスの居室に向かった。
まだ薄暗い部屋の中で、右腕あたりに温もりを感じる。
もぞっと手を動かしてみれば案の定その手触りはノスニキの毛皮で、またユーリスのところを抜け出して来たのかとぼんやりした頭で撫でながら笑った。
ノスニキは、初めて中庭で見た時から6年が過ぎた今も小さな子犬のままだ。
ユーリスや俺の背が伸びたせいで更に小さくなったようにすら見える。
小さな眠りを邪魔しないようにそっとベッドから抜け出してシャツとズボンに着替え、デスクランプに細く明かりをつけてノートを開いた。
あと半刻もすれば仕事を始めなきゃならない。
それまでに、今週ノスニキに施す育成プランを考え考え書き出していった。
少し作業していると膝の上にノスニキがあがってきて丸くなる。
くわぁっ、とあくびをして顎を前足にぽてっと乗せた。
その丸い背中を撫でながらまたペンを走らせる。
しばらくして、静かな部屋にドタドタと物音が廊下から響いてきた。
タイムリミットが迫っていることを知り慌ててメモを書き上げる。
最後の句点をつけた時、カチッと外側から内鍵が外されてガチャリと扉が開いた。
「ノスが来てるだろ!!」
可愛い鈴みたいだった頃の面影もない低い通りが良い声が部屋に響く。
施錠した部屋に何故か入りこめるちいさな守護獣が驚異なら、使用人の部屋の鍵を所持して勝手に開けてくる主人は脅威だ。
でも、不法侵入、プライバシーの侵害、そんな俺が当たり前のように知ってる言葉はこの世界にはかけらも無いわけで。あるのは雇われの平民は雇い主のお貴族様には逆らえないという事実だけ。だからユーリスの調子のコキざまは天井知らずと言っていい。
「ずるい!」
膝でくつろぐノスニキを見て叫んだユーリスが、情けない嫉妬心をこちらに向けてズカズカやってくる。
ムズッと小さい体を掴んでポイッとベッドに放ると、ノシッと人の膝に跨ってきた。
ぽすっ、と軽やかな音がしたので、ノスニキは無事着地したのだろう。ユーリスに抱きつかれていて俺には見えないけど。
もう本当に止めて欲しい。
ちんまりしていた頃とは違うのをいい加減理解すべきだ。体格だってほぼ変わらないんだからまともに乗られたら結構重い。
俺がノスニキに懐かれてるのがそんなに羨ましいなら、くつろいでるのを邪魔するような意地悪しなきゃいいのに。
「坊っちゃま、どいて頂いても?もう業務を始める時間ですので。」
「まだ誰も起きてきてないだろ。ルコももっかい一緒に寝よ?」
なぜあんたと俺が仲良く二度寝しなきゃいけないんだ。
「今から始めないと、午後のノスガルデルタ様の訓練までに屋敷のことが終わりません。それとも坊っちゃま一人でなさいますか?」
そうした方がユーリスにとってはいいと思うけど。
「嫌だ。」
一人で訓練するのが面倒なのか、ユーリスは大人しく膝から降りた。そのままベッドに倒れ込んでもそもそと布団を被り、いつものように人の部屋で二度寝の体勢を決め込む。
またも陣地を乗っ取られたノスニキが迷惑そうに後ろ足で布団の塊を蹴りつけた。
視界を塞いでいた体が消えたので、ノートを閉じて文具をしまう。
ランプの調節つまみをスライドさせて酸素を断てば焦げた芯のにおいが鼻先をかすめた。
ワードローブからジャケットとスカーフを出して身につけ、袖をカフスボタンで留める。
壁掛け鏡の前に移動して、整髪油で髪を後ろに撫で付けた。
ずっと背後の布団の塊から視線を感じるけど相手にしてると遅れるので気付かないふりをする。
「私はもう参りますが。」
「眠いから僕はここで寝る。」
毎度の事ながら部屋に戻れよ。こっちの世話が大変なんだよ。
「承知しました。失礼いたします。」
逆らえないこの身が悲しい。
主人に今日着せる服の準備から始めることにして、部屋を出てユーリスの居室に向かった。
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↓めちゃくちゃ世話になっている
B L ♂ U N I O N
B L ♂ U N I O N
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