8 / 65
第2章 入学前編
1 六年後
しおりを挟む
窓の外が夜明けの光でうっすら明るくなる頃、体に染み付いた習慣でふと目が覚めた。
まだ薄暗い部屋の中で、右腕あたりに温もりを感じる。
もぞっと手を動かしてみれば案の定その手触りはノスニキの毛皮で、またユーリスのところを抜け出して来たのかとぼんやりした頭で撫でながら笑った。
ノスニキは、初めて中庭で見た時から6年が過ぎた今も小さな子犬のままだ。
ユーリスや俺の背が伸びたせいで更に小さくなったようにすら見える。
小さな眠りを邪魔しないようにそっとベッドから抜け出してシャツとズボンに着替え、デスクランプに細く明かりをつけてノートを開いた。
あと半刻もすれば仕事を始めなきゃならない。
それまでに、今週ノスニキに施す育成プランを考え考え書き出していった。
少し作業していると膝の上にノスニキがあがってきて丸くなる。
くわぁっ、とあくびをして顎を前足にぽてっと乗せた。
その丸い背中を撫でながらまたペンを走らせる。
しばらくして、静かな部屋にドタドタと物音が廊下から響いてきた。
タイムリミットが迫っていることを知り慌ててメモを書き上げる。
最後の句点をつけた時、カチッと外側から内鍵が外されてガチャリと扉が開いた。
「ノスが来てるだろ!!」
可愛い鈴みたいだった頃の面影もない低い通りが良い声が部屋に響く。
施錠した部屋に何故か入りこめるちいさな守護獣が驚異なら、使用人の部屋の鍵を所持して勝手に開けてくる主人は脅威だ。
でも、不法侵入、プライバシーの侵害、そんな俺が当たり前のように知ってる言葉はこの世界にはかけらも無いわけで。あるのは雇われの平民は雇い主のお貴族様には逆らえないという事実だけ。だからユーリスの調子のコキざまは天井知らずと言っていい。
「ずるい!」
膝でくつろぐノスニキを見て叫んだユーリスが、情けない嫉妬心をこちらに向けてズカズカやってくる。
ムズッと小さい体を掴んでポイッとベッドに放ると、ノシッと人の膝に跨ってきた。
ぽすっ、と軽やかな音がしたので、ノスニキは無事着地したのだろう。ユーリスに抱きつかれていて俺には見えないけど。
もう本当に止めて欲しい。
ちんまりしていた頃とは違うのをいい加減理解すべきだ。体格だってほぼ変わらないんだからまともに乗られたら結構重い。
俺がノスニキに懐かれてるのがそんなに羨ましいなら、くつろいでるのを邪魔するような意地悪しなきゃいいのに。
「坊っちゃま、どいて頂いても?もう業務を始める時間ですので。」
「まだ誰も起きてきてないだろ。ルコももっかい一緒に寝よ?」
なぜあんたと俺が仲良く二度寝しなきゃいけないんだ。
「今から始めないと、午後のノスガルデルタ様の訓練までに屋敷のことが終わりません。それとも坊っちゃま一人でなさいますか?」
そうした方がユーリスにとってはいいと思うけど。
「嫌だ。」
一人で訓練するのが面倒なのか、ユーリスは大人しく膝から降りた。そのままベッドに倒れ込んでもそもそと布団を被り、いつものように人の部屋で二度寝の体勢を決め込む。
またも陣地を乗っ取られたノスニキが迷惑そうに後ろ足で布団の塊を蹴りつけた。
視界を塞いでいた体が消えたので、ノートを閉じて文具をしまう。
ランプの調節つまみをスライドさせて酸素を断てば焦げた芯のにおいが鼻先をかすめた。
ワードローブからジャケットとスカーフを出して身につけ、袖をカフスボタンで留める。
壁掛け鏡の前に移動して、整髪油で髪を後ろに撫で付けた。
ずっと背後の布団の塊から視線を感じるけど相手にしてると遅れるので気付かないふりをする。
「私はもう参りますが。」
「眠いから僕はここで寝る。」
毎度の事ながら部屋に戻れよ。こっちの世話が大変なんだよ。
「承知しました。失礼いたします。」
逆らえないこの身が悲しい。
主人に今日着せる服の準備から始めることにして、部屋を出てユーリスの居室に向かった。
まだ薄暗い部屋の中で、右腕あたりに温もりを感じる。
もぞっと手を動かしてみれば案の定その手触りはノスニキの毛皮で、またユーリスのところを抜け出して来たのかとぼんやりした頭で撫でながら笑った。
ノスニキは、初めて中庭で見た時から6年が過ぎた今も小さな子犬のままだ。
ユーリスや俺の背が伸びたせいで更に小さくなったようにすら見える。
小さな眠りを邪魔しないようにそっとベッドから抜け出してシャツとズボンに着替え、デスクランプに細く明かりをつけてノートを開いた。
あと半刻もすれば仕事を始めなきゃならない。
それまでに、今週ノスニキに施す育成プランを考え考え書き出していった。
少し作業していると膝の上にノスニキがあがってきて丸くなる。
くわぁっ、とあくびをして顎を前足にぽてっと乗せた。
その丸い背中を撫でながらまたペンを走らせる。
しばらくして、静かな部屋にドタドタと物音が廊下から響いてきた。
タイムリミットが迫っていることを知り慌ててメモを書き上げる。
最後の句点をつけた時、カチッと外側から内鍵が外されてガチャリと扉が開いた。
「ノスが来てるだろ!!」
可愛い鈴みたいだった頃の面影もない低い通りが良い声が部屋に響く。
施錠した部屋に何故か入りこめるちいさな守護獣が驚異なら、使用人の部屋の鍵を所持して勝手に開けてくる主人は脅威だ。
でも、不法侵入、プライバシーの侵害、そんな俺が当たり前のように知ってる言葉はこの世界にはかけらも無いわけで。あるのは雇われの平民は雇い主のお貴族様には逆らえないという事実だけ。だからユーリスの調子のコキざまは天井知らずと言っていい。
「ずるい!」
膝でくつろぐノスニキを見て叫んだユーリスが、情けない嫉妬心をこちらに向けてズカズカやってくる。
ムズッと小さい体を掴んでポイッとベッドに放ると、ノシッと人の膝に跨ってきた。
ぽすっ、と軽やかな音がしたので、ノスニキは無事着地したのだろう。ユーリスに抱きつかれていて俺には見えないけど。
もう本当に止めて欲しい。
ちんまりしていた頃とは違うのをいい加減理解すべきだ。体格だってほぼ変わらないんだからまともに乗られたら結構重い。
俺がノスニキに懐かれてるのがそんなに羨ましいなら、くつろいでるのを邪魔するような意地悪しなきゃいいのに。
「坊っちゃま、どいて頂いても?もう業務を始める時間ですので。」
「まだ誰も起きてきてないだろ。ルコももっかい一緒に寝よ?」
なぜあんたと俺が仲良く二度寝しなきゃいけないんだ。
「今から始めないと、午後のノスガルデルタ様の訓練までに屋敷のことが終わりません。それとも坊っちゃま一人でなさいますか?」
そうした方がユーリスにとってはいいと思うけど。
「嫌だ。」
一人で訓練するのが面倒なのか、ユーリスは大人しく膝から降りた。そのままベッドに倒れ込んでもそもそと布団を被り、いつものように人の部屋で二度寝の体勢を決め込む。
またも陣地を乗っ取られたノスニキが迷惑そうに後ろ足で布団の塊を蹴りつけた。
視界を塞いでいた体が消えたので、ノートを閉じて文具をしまう。
ランプの調節つまみをスライドさせて酸素を断てば焦げた芯のにおいが鼻先をかすめた。
ワードローブからジャケットとスカーフを出して身につけ、袖をカフスボタンで留める。
壁掛け鏡の前に移動して、整髪油で髪を後ろに撫で付けた。
ずっと背後の布団の塊から視線を感じるけど相手にしてると遅れるので気付かないふりをする。
「私はもう参りますが。」
「眠いから僕はここで寝る。」
毎度の事ながら部屋に戻れよ。こっちの世話が大変なんだよ。
「承知しました。失礼いたします。」
逆らえないこの身が悲しい。
主人に今日着せる服の準備から始めることにして、部屋を出てユーリスの居室に向かった。
32
↓めちゃくちゃ世話になっている
B L ♂ U N I O N
B L ♂ U N I O N
お気に入りに追加
1,143
あなたにおすすめの小説

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
博愛主義の成れの果て
135
BL
子宮持ちで子供が産める侯爵家嫡男の俺の婚約者は、博愛主義者だ。
俺と同じように子宮持ちの令息にだって優しくしてしまう男。
そんな婚約を白紙にしたところ、元婚約者がおかしくなりはじめた……。

悪役令息シャルル様はドSな家から脱出したい
椿
BL
ドSな両親から生まれ、使用人がほぼ全員ドMなせいで、本人に特殊な嗜好はないにも関わらずSの振る舞いが発作のように出てしまう(不本意)シャルル。
その悪癖を正しく自覚し、学園でも息を潜めるように過ごしていた彼だが、ひょんなことからみんなのアイドルことミシェル(ドM)に懐かれてしまい、ついつい出てしまう暴言に周囲からの勘違いは加速。婚約者である王子の二コラにも「甘えるな」と冷たく突き放され、「このままなら婚約を破棄する」と言われてしまって……。
婚約破棄は…それだけは困る!!王子との、ニコラとの結婚だけが、俺があのドSな実家から安全に抜け出すことができる唯一の希望なのに!!
婚約破棄、もとい安全な家出計画の破綻を回避するために、SとかMとかに囲まれてる悪役令息(勘違い)受けが頑張る話。
攻めズ
ノーマルなクール王子
ドMぶりっ子
ドS従者
×
Sムーブに悩むツッコミぼっち受け
作者はSMについて無知です。温かい目で見てください。

僕はお別れしたつもりでした
まと
BL
遠距離恋愛中だった恋人との関係が自然消滅した。どこか心にぽっかりと穴が空いたまま毎日を過ごしていた藍(あい)。大晦日の夜、寂しがり屋の親友と二人で年越しを楽しむことになり、ハメを外して酔いつぶれてしまう。目が覚めたら「ここどこ」状態!!
親友と仲良すぎな主人公と、別れたはずの恋人とのお話。
⚠️趣味で書いておりますので、誤字脱字のご報告や、世界観に対する批判コメントはご遠慮します。そういったコメントにはお返しできませんので宜しくお願いします。
大晦日あたりに出そうと思ったお話です。
【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!
楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。
(リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……)
遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──!
(かわいい、好きです、愛してます)
(誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?)
二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない!
ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。
(まさか。もしかして、心の声が聞こえている?)
リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる?
二人の恋の結末はどうなっちゃうの?!
心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。
✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。
✳︎小説家になろうにも投稿しています♪
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

【完結】乙女ゲーの悪役モブに転生しました〜処刑は嫌なので真面目に生きてたら何故か公爵令息様に溺愛されてます〜
百日紅
BL
目が覚めたら、そこは乙女ゲームの世界でしたーー。
最後は処刑される運命の悪役モブ“サミール”に転生した主人公。
死亡ルートを回避するため学園の隅で日陰者ライフを送っていたのに、何故か攻略キャラの一人“ギルバート”に好意を寄せられる。
※毎日18:30投稿予定

完結·助けた犬は騎士団長でした
禅
BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。
ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。
しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。
強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ……
※完結まで毎日投稿します
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる