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しおりを挟む現金かもしれないけど、食事を食べ終えるころには朝勃ちを抜かれた事なんてすっかり水に流していた。
先輩ってどんな話でも穏やかな顔で聞いてくれるから一緒にいて居心地がいいし、作ってもらったモンティなんとかが美味しすぎたのもある。
流石にじゃあもう一度ってのはありえないけど、無かったことくらいには出来そうだ。
「片付けは僕がします。」
「俺がする。今日ユウくんは何もしなくていいから。」
僕がまとめた食器を横から奪ってシンクに運ぶ先輩。
すぐに戻ってきて残りもまとめて手に持った。
「花邑さん、さっきの事もう気にしないでください。なかった事にしませんか。」
「それは……」
言い淀む先輩の後ろに回り込んで腰にギュッとしがみついた。
「ゆ、ユウくん!?」
先輩は驚いたけど、手に割れる食器を持っているせいであまり抵抗はできないみたいだ。
その腰をぐいぐい押してシンクまで連れて行った。
「はい、一緒に片付けましょう。」
観念して食器をシンクに置くまで暫し待つが、先輩は動かない。
だいぶ上にある先輩の頭を見上げたら、後ろから見える耳の先が少し赤かった。
「ユウくんは、人によくこんなふうにするの?」
先輩が少し小さい声で聞いてくる。
「え、しませんよ。僕学生時代よく痴漢に遭ってたんで、友達とかに触られるのも思い出すから少し嫌です。」
「そう……。」
先輩が返事した後にシンクに食器を置いたので、僕も離れて先輩の隣に並んだ。
先輩が使った後洗って食器カゴに置いたままだった調理器具に残った水気を拭き取り、定位置に戻していく。
先輩も大人しくシンクのものを洗い始めたので、二人がかりでする片付けはあっさり終わった。
「さて、花邑さん帰りますよね?」
幸いもう先輩の洗濯物はあらかた乾いているから、ここに残る理由は特に無い。
「えっと、ユウくん今日予定あったりする?」
「いえ、遊ぶ金もないので。」
同期や大学の同級生は初任給で遊んだり飲んだりしてるが、僕はそんな余裕がないから誘いはあらかた断っている。
最近では声も掛からなくなってきた所だ。
「俺も、明日は接待でゴルフだけど今日は何もないんだ。それで、良かったらもらって欲しいものがあって今日の午後ここに届けさせてくれないかな。」
言われた事に目を丸くする。
「花邑さんが今から持ってくるんですか?」
「配達を頼んでる。来るまで俺も待ってていいかい?」
「いいですけど、もらって欲しいものってなんですか?」
「それは内緒だよ。」
何かは気になるけど聞き出せなさそうなので届くまで待つことにする。
食べ物のお取り寄せとかだろうか?
ちょっと楽しみになって、同期の沢田との昼休みの会話を思い出し我に返った。
「あの、花邑さん、そんなに色々して頂かなくてもいいです。」
本音を言えばこの貧乏生活には有り難い施しだけど、花邑さんに集るようなつもりは全くない。
「いいんだ。お世話になってるお礼だから。受けた恩は返すというのが花邑家の家訓だから。」
ガチの家訓とかあるんだ……流石元藩主の家だな。
うちじゃ父親が酔って都合のいい事を言う時くらいしか使われない言葉を真面目に言う先輩。
「そうなんですね。でも、これきりにしてください。」
「分かったよ。」
多分分かってないだろうな、というトーンで返してきた先輩にこれ以上言える言葉もなく、片付けが終わったら特にすることもなくなったので散歩のついでにカフェでコーヒーを飲む事にした。
エントランスを出た所で行き先に困りスマホで先輩に相応しいカフェを検索する。
あ、ここ良さそう。って、まだ開店前だった。ちょっと時間早いからな……
と画面を睨みながらスワイプしていると、
「ユウくんはいつもどこの店に行くの?」
先輩が訪ねてくる。
「カフェのコーヒーなんて贅沢品なんで、お店とか行かないです。」
「じゃあ行きたいお店は?」
「特に無いですね……あ、ちょっと先にあるコンビニで期間限定のフレーバーコーヒーが出てて、それは少し気になってます。」
「じゃあ、それ飲もうか?」
先輩がにっこり笑って言ったので、コンビニコーヒーを公園で飲むことに。
僕が先輩に出会った日にパンを買ったコンビニへ行き、レジ奥に掲示されたメニューを見る。
「頼み方知ってます?」
物珍しそうにまじまじと見つめてるからつい聞いてみた。
「知ってる。社会人なったばっかりの頃同期に教わったからね。それに、外勤の息抜きにキョウが買ってきたりするし。」
さっきから店員の若い外人女性がチラチラとレジに立つ先輩を見ている。
先輩の顔面は海外にも通じるレベルのようだ。
「じゃあ、待たせるの良くないので早く注文しましょう。すみません、マカダミアバニラのSひとつ。花邑さんは?」
先輩はブレンドコーヒーを頼んだ。
先輩が財布を出す前に、すかさずレジの液晶でバーコード決済を選択して自分のスマホをかざす。
「あ……」
「ここは僕が出します。」
キリっと言った。
総額280円だけど。
店員からカップを受け取り、ささっとコーヒーサバーに向かう。
並んでいた2機とも空いてたので、カップをどちらにもセットして一つはブレンド、一つは限定フレーバーのボタンを押した。
「ユウくん、慣れていて格好いいな。」
横でつったって見ていた先輩が感心したように言う。
コンビニの使い方がスマートな事褒められても……まあ先輩なら嬉しいけど。
抽出が終わって取り出すと、先輩が少し得意げな顔でサーバー横の棚から見つけ出したらしいプラ蓋を持って待っていた。
「ミルクと砂糖はいる?」
「ミルクだけ入れます。」
答えると先輩が棚からポーションとマドラーを追加で取り出す。
僕がカップを差し出したら、一つにミルクを入れて軽く混ぜた後、パチンパチンと蓋を嵌めて自分のを受け取った。
その足でまだ午前中で人もまばらな狭い公園に向かい、ベンチでコンビニコーヒーを飲んだ。
先輩はたった110円のコーヒーをとても美味しそうに飲んでいる。
「花邑さん、コンビニコーヒーの買い方同期の人に教わったんですか。」
さっきちょっと言っていた事を尋ねてみた。
「ああ、久々だったから手際良くは出来なかったけどね。」
「仲良い同期の人がいるんですね。」
意外だった。遠藤が花邑さんは社内で芦野さんくらいしか絡まないって言ってたし。
「その時はね、いたんだ。」
過去形で話す先輩に、それ以上話題に触れられなくなる。
さっきまでご機嫌で安コーヒーを啜っていた綺麗な顔が曇ったように見えたから。
なんとなく話題を変えた方が良いと思って、最近おすすめの動画チャンネルとかバズってるSNSの投稿とかそんな話をとにかく振りまくった。
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