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食べ終わっても暫く先輩とお話しして、会社に戻ったのはギリギリの時間だった。

「キョ……芦野(あしの)。」

一回のエントランスで先輩が誰かに気付いた。
カードリーダーの脇に、2人分の荷物を持った男性がいて、こちらを見るなり近づいてくる。

「篠明さん、客先周りのセットです。待たせてあるんで、このまま車乗ってください。」

花邑さんほどじゃないけどすらっとした人だ。綺麗系のイケメンだけどちょっと冷たい感じ。この人も営業の先輩か。
花邑さんの営業アシスタントの人なんだろう。
うちは売上上位の社員には専用のサポート職が着くって聞いたことある。

「ああ、時間ぴったりだ。ありがとう。」

「あっ、あの、すみません遅くなっちゃって……」

会話から事態を飲み込んで青ざめる。
予定ないって言ってたのにあるじゃん!

「いや、遅れてないし大丈夫。ユウ君との食事より優先する予定なんてないしね。」

先輩がにっこり笑う。

「……。」

芦野さんがびっくりした様子で僕を見ている。
うん、僕も今の発言はちょっとびっくりした。

「篠明さんこの人と昼ごはん食べてたんですか?」

え、そこから?

「竹迫君だ。いつものところに一緒に行った。」

自慢げに言う先輩に芦野さんがますます目を丸くする。

「はじめまして。新入社員の竹迫祐宇(ゆう)です。経理課配属になりました。芦野さんですね。よろしくお願いします。」

「ああ、こちらこそよろしく。営業一課の芦野恭(きょう)です。じゃあ次は3人でどこか……」

「だめだめ。キョウはお邪魔虫だから。じゃあユウ君、また連絡する。アプリの方。」

うちはスマホ支給だから社内メールでもやり取りできるけど、先輩に聞かれてプライベートの連絡先を交換したのだ。昼の間に。そっちのことを言ったんだろう。

「あ、はい。花邑さん外回りお気をつけて。」

「ありがとう!」

先輩の渾身の営業スマイルに、エントランスにいた何人かが振り返った。
芦野さんは何故か幽霊でも見るような顔をしていた。

戻ったら決算間際だから今は結構部署全体がバタバタしていて、新人であまりできることがない僕もなんだかんだ雑用が立て込んでいた。

「竹迫君。」

やっと一息ついた頃、聞き覚えのある声に呼ばれてそちらを見る。
営業一課に一般職で入った同期の安西さんだった。

「これ、出張費申請の証憑。」

そう言って飛行機の半券やタクシーの領収書が貼られた申請用紙をくれる。

「ありがとう。受け付けとく。」

愛嬌のある笑顔に釣られて少し微笑みながら受け取った。
うちの会社の一般職は、この令和の時代にいまだに顔採用かってくらい容姿のレベルが高いと言われている。
彼女はSNSでもすごく目立っていてフォロワーが他の同期より断然多い。
まさかもう男性社員のお嫁さん候補として採用とかは無いと思うけど。

「ねね、今日の昼竹迫君が花邑さんといたって聞いたんだけど!?」

いつもは顔を合わせても大した会話もなく終わるところが、今日は安西さんから話しかけてきた。
そういえば、彼女はよく先輩の話題を出す同期の1人だ。配属が決まった時も、そりゃもう女子勢がグループメッセージで騒いでいた。

「あ、うん、ランチ行って……」

「知り合いなの!?」

「知り合いっていうか、ちょっとご縁があって。」

昨日のことは言わないでおこう。理由はともかく酔っ払って道で行き倒れてたなんて今考えれば先輩のイメージが悪すぎる。
不用意に同期に写真回さなくてよかった。

「いいなー!花邑さんお昼の時どんな感じ?何話すの?」

完璧なメイクとヘアセットをした女の子が、少し子供っぽく握った両手を振りながら羨ましがってくる。

「自分も誘って行ってくれば?同じ課なんだし……」

言いながら、ちょっともやっとした。
何だこれ、理不尽。

「無理なの!もう暗黙の不可侵協定が女子社員の間で結ばれてるから!」

ビシッと手のひらを見せて僕の発言を嗜めてくる。
なんだそれ……抜け駆けすんなってこと?女の人怖い……。

「竹迫君は男だから関係ないと思うかもしれないけどね、そんな事ないよ!」

「どういう意味?」

ちょっと内心ドキリとする。

「これまで何人か男性社員も花邑沼に嵌って狂って辞めてるからね!」

「何だそれ……」

と言いながらも、ちょっと分かるような。

「だから、営業一課の花邑さんとまともに絡んでいいのはアシスタントの芦野さんくらいなのよ。」

ピンとジェルでピカピカ光る人差し指を伸ばして左右に振る安西さん。
こんな熱い語りする子だったか?
それか彼女も花邑沼とやらに?

「ああ、芦野さんってやっぱり花邑さんのアシスタントなんだ。」

「芦野さんも一緒だったの?」

「あ、ううん、午後外勤だったみたいでエントランスで花邑さんを待ち構えてて、そこで見た。」

「流石シゴデキ従者!」

安西さんがキャッキャと嬉しそうに言う。

「従者?」

「そう!花邑さんは元大名の花邑家次期当主で、芦野さんはその代々の家老の家なんだよ。だからわざわざ芦野さんは花邑さん追いかけてこの会社に転職したの。若様を公私共に支えるためにっ!」

安西さんが力説する。
そんな語られても、はえー。今令和だよな?としか思えない。

「尊いが過ぎる。藩の民草として生まれたかった……。何で幕府滅びたの?」

よく分からないことをブツブツ言ってる。安西さんって、SNSではキラキラしてるのにちょっと変な子なんだな。
結局安西さんが帰ったのは散々僕から先輩の昼の様子を聞き出した後だった。
仕事しろ。

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