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苦労性鈍感元従者現主人攻め、世間知らず変人没落貴族元主人現従者受け、襲い受け、喘ぎ攻め、受けフェラ、騎乗位、受攻両方に女性経験あり(作中描写なし)
※エロは次ページから
「イリヤ!僕は男娼になる事にしたよ!金持ちのヒヒ爺どもから搾り取ってやるぞ!考えただけで愉快だろう!?」
玄関から入るなり、ニコラ様が楽しそうに告げてくるので、私はまた何かバカなことを思いついたらしいと頭を抱えた。
とりあえず帽子とコートを脱がせて壁のフックに掛けた後、スツールに彼を座らせてブラシで靴の泥を落とす。
「紅茶飲みますか?」
「ジャムつけてもいい?」
「一匙だけなら。」
「わーい。あ、お茶は僕が淹れるよ。僕はこの家の使用人だからね!」
ニコラ様が胸を張って答えるのを、私はため息で返した。
「あなたがやるとカップがいくらあっても足りなくなるので大人しく座っていてもらえますか。仕事として命じます。」
「はーい。」
結局彼が何もせず大人しく椅子に座ってられるわけもなく、私が紅茶を淹れる間ずっと後ろにひっついて手元を覗き込んでいる。
細身だが背が高いから結構な圧迫感だ。
ヤカンからポットに湯を注ぐと、安い茶葉なりに香りがキッチンに立ち込めた。
布製のカバーをポットに被せて蒸らしている間にカップにも湯を注いで温める。
スグリジャムはティースプーンに一杯だけ掬ってそのまま小皿に乗せた。
「いい匂いだねぇ。僕はイリヤが淹れたお茶がこの世で一等好きだよ。」
出来上がった紅茶を注いでいると、私の肩口からホクホクした笑顔で顔を突き出したニコラ様が言う。
はね散らかした金髪の巻き毛が頬にわさわさ当たってうっとおしい。近い。
「もう出来ますから席に座ってください。」
「はーい。」
やっとでかい体が離れて動きやすくなったので、私は手早くお盆にティーセットを乗せてダイニングテーブルに運んだ。
この国の冬は長い。
ある日その長い冬の入り口で革命が起きて、歴史ある貴族一家だったニコラ様の父上と兄上家族はあっさり暴徒と化した市民に殺されてしまった。
母上は彼が幼い頃に亡くなっていて、珍しく後妻はいない家庭だった。
這々の体で金目のものだけカバンに詰めて逃げ出す他の貴族を尻目に、運悪く殺されたらその時だよと笑った24歳の次男坊のニコラ様。もう誰も家族がいない屋敷で、買い叩きたがる商人を呼んではのんびりと商談をしてそこそこの値で家財を売り払うと、他ではあり得ないくらいの退職金を残った使用人達に払って全員解雇した。
私はその時解雇された下男の一人だった。しかも何かの時に病気の母がいることを話したのを覚えていたのか、受け取った退職金には少し上乗せがされていた。
「君は僕の分まで母上を大事にしたまえよ。」
そうあっけらかんと笑ったニコラ様を不審がりながら別れを告げると私は故郷に帰った。
結局母親はもう死んで粗末な墓になっていて、生まれた家も火事で焼け落ちていた。
面倒を見てくれていた親戚が手紙を出したらしいけど革命の混乱で届かなかったようだ。
独りになったことを実感してみれば、やっぱりあの時笑ったニコラ様はどうかしていると思った。
行き場をなくした私は結局来た街に戻った。
故郷の村にいても仕事はないし雇われ先を探すなら慣れた街の方が良かった。
私は文字が読めたので知り合いの伝手を頼って郵便局の事務の仕事が見つかった。
これもニコラ様のお屋敷で読み書きを習ったおかげだった。
やっと生活の目処がたったころ、ふと思い立って私はお屋敷を訪れた。
あれだけ使用人に渡せる金があったのだから、どうせニコラ様はどこかの亡命先で優雅に暮らしているのだろうが、何となく今そこがどうなっているか気になったのだ。
着いてみれば建物は案の定暴力に晒されて廃屋になっていた。
窓は破れているし、そこら中にゴミが投げ込まれていた。
たまらずゴミだけでも拾いたくなって壊れた門から中に入った。
ドアの鍵は壊されていたから、難なく一家の自慢だった玄関近くの来賓室に入れた。
家財はまるきり売り払っていたから泥棒に狙われるはずはないのに、それでも市民の貴族への憎悪が室内の壁や床や窓に刻み付けられたように斧や棒でめちゃくちゃに破壊されていた。
唯一高くて手が届かないために無傷な天井画には、幸運の女神フォルトゥナが変わらずに微笑んでいて皮肉だった。
「あれ、君は手ぶらかい?」
後ろから聞き覚えのある声がして振り返る。驚きに言葉が出なかった。それが、もう去ったと思っていたニコラ様だったからだ。
薄汚れてだいぶ痩せたように見えたが、トルコ石のような瞳と陶器みたいな白い肌は別れた時のままだった。
「やあイリヤ!君まで屋敷を壊しに来るとはね!そんなに楽しいのかねぇ。僕もやってみようかな。」
ニコラ様は私を認知するととんでもないことを言い出した。
冗談のように聞こえる発言を、大抵この人は本気で言う。
「ニコラ様、誤解です。私は屋敷を壊しに来たわけじゃありません。貴方も壊さないで下さい。」
「そう?じゃあ遊びに来てくれたのかな?ありがとう!」
ニコラ様は心底嬉しそうに笑った。
「そういうわけでも……。貴方こそ、何でまだここにいらっしゃるんですか?あれだけ我々にも分けるくらいお金があったなら、今頃亡命先で安全に暮らせてるでしょうに。」
「それがね、自分の分を残すの忘れちゃってたのさ!」
「はぁ?」
あっけらかんと放たれたまさかの発言に、仕えてた頃なら絶対できない反応をしてしまった。
「僕お金って使ったことなかったから。僕にもお金が必要なんだってみんなに全部あげちゃってから気づいたんだよね。仕方ないよね。誰も教えてくれないんだから!」
私はその場で目頭を押さえた。彼の優しさに泣けたからじゃない。頭痛がしたからだ。この元主人の箱入り加減に。
そういえば母を幼くして失った彼を、父と年の離れた兄はベロベロに甘やかして育てたらしいと聞いたことがある。
商人と交渉していた彼を見て使用人一同坊っちゃまがあんなに立派になったと感心しきりだったのだが、あの時は奇跡を目の当たりにしていたのかもしれない。
かつて出入りしていた野菜売りの婆さんが見かねてくれるくず野菜を食べて何とか凌いでいたらしい彼を、私は仕方なく家に持ち帰った。
そして一年が経ち今に至る。ニコラ様が何故か私の使用人になったのは彼自身が勝手に名乗り出したからだ。働かないのは悪いから、と言うが、家事は何をやらせても壊滅的に出来ない。結局私の仕事が増えるだけなため本人がどう名乗ろうと正真正銘の穀潰しである。
唯一彼の冒険小説は面白く、たまに書いては出版社に持っていっている。お小遣い程度の原稿料だけもらって満足して帰ってきてしまうが、渡した原稿は別の作家名でベストセラーになっていたりする。彼は他人の作品は読まないのでそれを知らない。
「で、玄関で喚いてた男娼云々というのは何ですか。」
ジャムを舐めながら紅茶を幸せそうにすするニコラ様に問いただす。彼の奇行は早めに察知しておかないと大ごとになるのだ。
ニコラ様がティーカップを持つ小指にうっすら残った痣を見た。廃屋で暮らしていた時に出来た軽い凍傷の痕だ。冬の最中窓枠くらいしか燃料がない屋敷で寝泊まりしてよくこの程度で済んだと思う。その意味ではフォルトゥナもちゃんと仕事をしたと認めていい。
「あっ、そうだ忘れてた。今日街中で迷っていたら男の子に声をかけられてね。君を買うお金がないって言ったら私ならすぐに稼げると言われたんだ。だから彼と同じお店で私も雇ってもらうことにしたよ。」
どこから突っ込んで良いのかわからない。
生まれた時から住んでいる街でいい歳こいて迷子になるなとか、その男にも女にも困るように見えない見た目で男娼に営業されるなんて隙がありすぎるとか、うっかりスカウト受けてんじゃねぇとか。
結局面倒になったので、私はため息をついた。
「元気ないじゃないか。君もどうだい?」
ニコラ様が舐めかけのジャムを差し出してくる。
「いえ、甘いものは苦手なので。」
もう何度も言ってるんだけど。
「君は素直じゃないね!」
ニコラ様はこちらに差し出したスプーンを手元に戻すと舌を出してペロリとジャムを舐めた。
肌が抜けるように白いので、サンザシの実のような舌先がやたらに目に付く。
「本気で男娼になるおつもりですか?」
「そうとも。従者の仕事はやり難くなるから申し訳ないけど。」
「そこは全然困らないので大丈夫です。」
「君はまったく素直じゃないね!」
これ、止めるべきなんだよな?見た目以上にハードな仕事だろうし、変な病気になるかもしれないし、何より彼が社会に出たら私にすごく迷惑がかかりそうだ。
「何する仕事かわかってますか?」
自然と眉間にしわを寄せて私は尋ねた。
「君よりは知ってるよ!君のような貧乏人は女を買ったことだってないだろう?僕はあるよ!買われた事はまだないけどね。」
「貧乏なら今のあなたも負けてませんよ。」
「そう!僕は今貧乏なんだ。でも男娼になれは沢山お金が貰える。いくらでもジャムを食べられるさ。」
彼は胸を張って得意げに言った。その表情にとうとうイラっとする。
つまりこの箱入りは一年で庶民の生活に根をあげたのだ。
別に今の生活は決して破綻したものじゃない。
贅沢しなければ雨風凌げる家にも温まる燃料にも困らない。
私の給料と生活費で収支はトントンくらいだが、ニコラ様にもらった退職金は半分以上残っていて蓄えもある。
ジャムだって本当はもう少し増やせるが、ほっとくとあるだけ食べてしまうから制限してるだけだ。
とはいえニコラ様には体を売ってでも抜け出したいくらいの惨めな生活だったのかもしれない。
案外楽しそうにしてるから気にしてなかったが、思えばこの人はクソほども笑えない状況で笑う人だった。
何だろう。気分が沈む。自分が悪くないと思っている生活を否定されたからだろうか。
「あなたの考えは分かりました。」
「わかってくれたかい!?」
「はい。そうまでして稼ぎたいなら……」
※エロは次ページから
「イリヤ!僕は男娼になる事にしたよ!金持ちのヒヒ爺どもから搾り取ってやるぞ!考えただけで愉快だろう!?」
玄関から入るなり、ニコラ様が楽しそうに告げてくるので、私はまた何かバカなことを思いついたらしいと頭を抱えた。
とりあえず帽子とコートを脱がせて壁のフックに掛けた後、スツールに彼を座らせてブラシで靴の泥を落とす。
「紅茶飲みますか?」
「ジャムつけてもいい?」
「一匙だけなら。」
「わーい。あ、お茶は僕が淹れるよ。僕はこの家の使用人だからね!」
ニコラ様が胸を張って答えるのを、私はため息で返した。
「あなたがやるとカップがいくらあっても足りなくなるので大人しく座っていてもらえますか。仕事として命じます。」
「はーい。」
結局彼が何もせず大人しく椅子に座ってられるわけもなく、私が紅茶を淹れる間ずっと後ろにひっついて手元を覗き込んでいる。
細身だが背が高いから結構な圧迫感だ。
ヤカンからポットに湯を注ぐと、安い茶葉なりに香りがキッチンに立ち込めた。
布製のカバーをポットに被せて蒸らしている間にカップにも湯を注いで温める。
スグリジャムはティースプーンに一杯だけ掬ってそのまま小皿に乗せた。
「いい匂いだねぇ。僕はイリヤが淹れたお茶がこの世で一等好きだよ。」
出来上がった紅茶を注いでいると、私の肩口からホクホクした笑顔で顔を突き出したニコラ様が言う。
はね散らかした金髪の巻き毛が頬にわさわさ当たってうっとおしい。近い。
「もう出来ますから席に座ってください。」
「はーい。」
やっとでかい体が離れて動きやすくなったので、私は手早くお盆にティーセットを乗せてダイニングテーブルに運んだ。
この国の冬は長い。
ある日その長い冬の入り口で革命が起きて、歴史ある貴族一家だったニコラ様の父上と兄上家族はあっさり暴徒と化した市民に殺されてしまった。
母上は彼が幼い頃に亡くなっていて、珍しく後妻はいない家庭だった。
這々の体で金目のものだけカバンに詰めて逃げ出す他の貴族を尻目に、運悪く殺されたらその時だよと笑った24歳の次男坊のニコラ様。もう誰も家族がいない屋敷で、買い叩きたがる商人を呼んではのんびりと商談をしてそこそこの値で家財を売り払うと、他ではあり得ないくらいの退職金を残った使用人達に払って全員解雇した。
私はその時解雇された下男の一人だった。しかも何かの時に病気の母がいることを話したのを覚えていたのか、受け取った退職金には少し上乗せがされていた。
「君は僕の分まで母上を大事にしたまえよ。」
そうあっけらかんと笑ったニコラ様を不審がりながら別れを告げると私は故郷に帰った。
結局母親はもう死んで粗末な墓になっていて、生まれた家も火事で焼け落ちていた。
面倒を見てくれていた親戚が手紙を出したらしいけど革命の混乱で届かなかったようだ。
独りになったことを実感してみれば、やっぱりあの時笑ったニコラ様はどうかしていると思った。
行き場をなくした私は結局来た街に戻った。
故郷の村にいても仕事はないし雇われ先を探すなら慣れた街の方が良かった。
私は文字が読めたので知り合いの伝手を頼って郵便局の事務の仕事が見つかった。
これもニコラ様のお屋敷で読み書きを習ったおかげだった。
やっと生活の目処がたったころ、ふと思い立って私はお屋敷を訪れた。
あれだけ使用人に渡せる金があったのだから、どうせニコラ様はどこかの亡命先で優雅に暮らしているのだろうが、何となく今そこがどうなっているか気になったのだ。
着いてみれば建物は案の定暴力に晒されて廃屋になっていた。
窓は破れているし、そこら中にゴミが投げ込まれていた。
たまらずゴミだけでも拾いたくなって壊れた門から中に入った。
ドアの鍵は壊されていたから、難なく一家の自慢だった玄関近くの来賓室に入れた。
家財はまるきり売り払っていたから泥棒に狙われるはずはないのに、それでも市民の貴族への憎悪が室内の壁や床や窓に刻み付けられたように斧や棒でめちゃくちゃに破壊されていた。
唯一高くて手が届かないために無傷な天井画には、幸運の女神フォルトゥナが変わらずに微笑んでいて皮肉だった。
「あれ、君は手ぶらかい?」
後ろから聞き覚えのある声がして振り返る。驚きに言葉が出なかった。それが、もう去ったと思っていたニコラ様だったからだ。
薄汚れてだいぶ痩せたように見えたが、トルコ石のような瞳と陶器みたいな白い肌は別れた時のままだった。
「やあイリヤ!君まで屋敷を壊しに来るとはね!そんなに楽しいのかねぇ。僕もやってみようかな。」
ニコラ様は私を認知するととんでもないことを言い出した。
冗談のように聞こえる発言を、大抵この人は本気で言う。
「ニコラ様、誤解です。私は屋敷を壊しに来たわけじゃありません。貴方も壊さないで下さい。」
「そう?じゃあ遊びに来てくれたのかな?ありがとう!」
ニコラ様は心底嬉しそうに笑った。
「そういうわけでも……。貴方こそ、何でまだここにいらっしゃるんですか?あれだけ我々にも分けるくらいお金があったなら、今頃亡命先で安全に暮らせてるでしょうに。」
「それがね、自分の分を残すの忘れちゃってたのさ!」
「はぁ?」
あっけらかんと放たれたまさかの発言に、仕えてた頃なら絶対できない反応をしてしまった。
「僕お金って使ったことなかったから。僕にもお金が必要なんだってみんなに全部あげちゃってから気づいたんだよね。仕方ないよね。誰も教えてくれないんだから!」
私はその場で目頭を押さえた。彼の優しさに泣けたからじゃない。頭痛がしたからだ。この元主人の箱入り加減に。
そういえば母を幼くして失った彼を、父と年の離れた兄はベロベロに甘やかして育てたらしいと聞いたことがある。
商人と交渉していた彼を見て使用人一同坊っちゃまがあんなに立派になったと感心しきりだったのだが、あの時は奇跡を目の当たりにしていたのかもしれない。
かつて出入りしていた野菜売りの婆さんが見かねてくれるくず野菜を食べて何とか凌いでいたらしい彼を、私は仕方なく家に持ち帰った。
そして一年が経ち今に至る。ニコラ様が何故か私の使用人になったのは彼自身が勝手に名乗り出したからだ。働かないのは悪いから、と言うが、家事は何をやらせても壊滅的に出来ない。結局私の仕事が増えるだけなため本人がどう名乗ろうと正真正銘の穀潰しである。
唯一彼の冒険小説は面白く、たまに書いては出版社に持っていっている。お小遣い程度の原稿料だけもらって満足して帰ってきてしまうが、渡した原稿は別の作家名でベストセラーになっていたりする。彼は他人の作品は読まないのでそれを知らない。
「で、玄関で喚いてた男娼云々というのは何ですか。」
ジャムを舐めながら紅茶を幸せそうにすするニコラ様に問いただす。彼の奇行は早めに察知しておかないと大ごとになるのだ。
ニコラ様がティーカップを持つ小指にうっすら残った痣を見た。廃屋で暮らしていた時に出来た軽い凍傷の痕だ。冬の最中窓枠くらいしか燃料がない屋敷で寝泊まりしてよくこの程度で済んだと思う。その意味ではフォルトゥナもちゃんと仕事をしたと認めていい。
「あっ、そうだ忘れてた。今日街中で迷っていたら男の子に声をかけられてね。君を買うお金がないって言ったら私ならすぐに稼げると言われたんだ。だから彼と同じお店で私も雇ってもらうことにしたよ。」
どこから突っ込んで良いのかわからない。
生まれた時から住んでいる街でいい歳こいて迷子になるなとか、その男にも女にも困るように見えない見た目で男娼に営業されるなんて隙がありすぎるとか、うっかりスカウト受けてんじゃねぇとか。
結局面倒になったので、私はため息をついた。
「元気ないじゃないか。君もどうだい?」
ニコラ様が舐めかけのジャムを差し出してくる。
「いえ、甘いものは苦手なので。」
もう何度も言ってるんだけど。
「君は素直じゃないね!」
ニコラ様はこちらに差し出したスプーンを手元に戻すと舌を出してペロリとジャムを舐めた。
肌が抜けるように白いので、サンザシの実のような舌先がやたらに目に付く。
「本気で男娼になるおつもりですか?」
「そうとも。従者の仕事はやり難くなるから申し訳ないけど。」
「そこは全然困らないので大丈夫です。」
「君はまったく素直じゃないね!」
これ、止めるべきなんだよな?見た目以上にハードな仕事だろうし、変な病気になるかもしれないし、何より彼が社会に出たら私にすごく迷惑がかかりそうだ。
「何する仕事かわかってますか?」
自然と眉間にしわを寄せて私は尋ねた。
「君よりは知ってるよ!君のような貧乏人は女を買ったことだってないだろう?僕はあるよ!買われた事はまだないけどね。」
「貧乏なら今のあなたも負けてませんよ。」
「そう!僕は今貧乏なんだ。でも男娼になれは沢山お金が貰える。いくらでもジャムを食べられるさ。」
彼は胸を張って得意げに言った。その表情にとうとうイラっとする。
つまりこの箱入りは一年で庶民の生活に根をあげたのだ。
別に今の生活は決して破綻したものじゃない。
贅沢しなければ雨風凌げる家にも温まる燃料にも困らない。
私の給料と生活費で収支はトントンくらいだが、ニコラ様にもらった退職金は半分以上残っていて蓄えもある。
ジャムだって本当はもう少し増やせるが、ほっとくとあるだけ食べてしまうから制限してるだけだ。
とはいえニコラ様には体を売ってでも抜け出したいくらいの惨めな生活だったのかもしれない。
案外楽しそうにしてるから気にしてなかったが、思えばこの人はクソほども笑えない状況で笑う人だった。
何だろう。気分が沈む。自分が悪くないと思っている生活を否定されたからだろうか。
「あなたの考えは分かりました。」
「わかってくれたかい!?」
「はい。そうまでして稼ぎたいなら……」
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