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14,(終)
しおりを挟む相手は丸腰なのに武器を前に動じた様子はない。
「セイ君!危ないことは……」
言い終わらないうちにセイ君が男に飛びかかった。しかし、刃が届く一瞬のうちに男が消える。
セイ君はすぐに体を翻して別の方角に剣を振った。そこに消えた男が現れ、彼の着るゆったりした衣を剣先が掠めた。
「ほう……」
男が感嘆を漏らすとセイ君に向かって手を突き出す。
ドッと何か空気のような塊が掌から吹き出てセイ君の体が後ろに飛ばされた。
空気で押されるような衝撃がこちらにまで伝わってくる。
男の持つ力はこの世のものでないようだ。
セイ君は地面に転がった瞬間に軽やかに受け身を取り、反動を利用してすぐに起き上がった。
そこに追撃で男が放った稲妻の閃光が降りかかる直前、セイ君が腕を伸ばして構えると透明な大盾のようなものがセイ君の前を覆い稲妻を弾く。
……な、何かセイ君の戦い方まで人間離れしてるんですが!?
「お主、異界の魂ながらこの城の魔力を取り込んで使っておるな。」
異形の男がセイ君の様子を見て言う。
魔力?なんだそれは。聞いたことない。
「知らん。俺はできると思うことをしてるだけだ。」
バチバチと音を立てながら、男が放ったのと同じような稲妻の塊がセイ君の手の中で大きくなる。
それが思いっきり男に飛ぶと、ズドンッと重い音を立て男にあたった。
ビリビリ痺れるような衝撃と重い音が広がる。
普通の人間ならひとたまりもないだろうその超常的な攻撃を、異形の男はあっさり受け止めていた。
「ふむ、素晴らしい天性の才よ。お主ここに留まる気は無いか?」
「バカ言え。薬を寄越して俺たちを返せ。」
「では、我に勝ってみよ。」
心なしか少し楽しそうに煽る男とセイ君の応酬はさらに激しくなった。
私にはどうしょうもなくて巻き込まれないように隅の柱の影で見ているしかない。
まずいな。このままだとセイ君が危ない。でも、戦いを止めたところで大人しく一人で帰ってもくれなさそうだ。
「貴方だあれ?魂さん?」
私の背後から、中性的な甘い声がして振り返る。
そこには眼を見張るほど愛らしい少年がいた。
歳の頃は15歳もいかないくらいだろうか。
金色の髪とまつげ、晴れた日の水面のような青緑の瞳、薔薇色の唇、薄紅の頬、肌は透き通るように白い。
「えっと……」
答える前にドォンという音がして、少年は長いまつ毛を揺らしてそちらを見た。
「魔王様、誰と戦ってるの?危ないね。」
幼げな口調で呟く。魔王様ってのはあの異形の男の名前だろうか。
「サティ!」
少年に気づいた男が声をあげる。
その隙をついてセイ君が火柱を飛ばしたので、男がクッと呻いてそれを薙ぎ払った。
「魔王様ー喧嘩はダメだよー?」
「サティ、今は少し向こうへ行っていよ……ッ」
少年に気を取られたため、セイ君の容赦ない攻撃の一部がまともに男の肩に直撃する。
さっきまであんなに余裕そうだったのに。
これは……使える?
「ねえ君、私が何者か聞いたね。」
攻撃を食らった男を心配そうに見ていたサティと呼ばれた少年に話し掛ける。
「え、うん。」
「私はね、そこの魔王様の運命のヘイ=ボンだよ。魔王様もさっき認めてくれた。」
「えっ……」
出来るだけ自信たっぷりの顔で告げると、サティはショックを受けたような顔をした。
その様子に手応えを感じ、更に踏み込む。
「だから私はこれから魔王様の唯一の存在としてずっとお側にいるんだ。今魔王様が戦ってるのは、私のためなんだよ。」
「そ、そうなんですか……」
サティの瞳が涙でみるみる潤んでいく。こんな年端もいかない子を傷つけて罪悪感が湧いてくるけど、こっちだってセイ君が懸かってる。
「そうだよ。だから、これからは君も魔王様に馴れ馴れしく近づかないでね。彼は私のものだからね。私も彼の美しさにもうメロメロだよ。」
胸を張って言うと、とうとう少年の大きな瞳から涙がポロポロこぼれだした。
「サティ!!」
案の定、サティの様子に気づいた異形の男が戦いそっちのけでこちらにやってくる。
狙い通りだ。
うまくいったことを示すようにチラリとセイ君を見れば、ものすごい形相で私を睨んでいる。
な、何で!?
「サティ、如何した?この者に何かされたのか?」
氷のように端正な顔の男が大きな体を屈めて私より更に小柄な少年の顔を覗き込む姿はちょっと可愛い。
「ふっく……まお、さまっ。この人がっ、ひくっ……ヘイ=ボン、さん、なの……?」
「それは……」
さっきまで尊大で余裕しゃくしゃくな態度だった男は小さな少年の涙に眉を八の字に下げてオロオロしている。
「もう……僕は、っうぅ……いら、ない?」
「いや、違う。この者はヘイ=ボンでは無かった。やはりそちが私のヘイ=ボンかもしれぬからまだここにいてもらう。この者たちには帰ってもらうから。な?」
魔王様とやらは、サティの涙を前にあっさり降伏したようだ。
「そんな!約束が違いますよ!!私がヘイ=ボンだからここに残る代わりにアンブロシアをくれてセイ君を返してくれるって言ったじゃないですか!嘘ついたんですか!」
しめしめと思いながら、追い討ちをかけるように問い詰めた。
「分かった分かった。薬はやるから、そちも帰ってくれ。」
魔王様はまだぐずっているサティの頭を懸命によしよししながら面倒そうに言う。
「はい!承りました。」
さくっと了解すると暖かい光の中ですうっと意識が遠のいていった。
———————
ふと気づけば、草むらの中に寝転んでいた。
どうやら森に戻ってきたようだ。
バッと体を起こすと、同じく起き上がったセイ君がいた。
「セイ君!大丈夫!?」
「ああ。いったい何だったんだ……。」
セイ君は自分の腹をさすった。
私も自分の腹部を確認してみる。
服は刺したところが裂けていたが、傷は全く無かった。
服の中に何かが入り込んでいるみたいで、取り出してみたら小瓶に入った軟膏だった。
「セイ君!完癒膏だ。セイ君も持ってるはずだよ。」
言う間に、セイ君も服の中から同じ瓶を取り出す。しばし考えて腰の刀に手を伸ばし、少し抜いて指先を押し付けた。
刃で切れて血のにじむそこに、瓶の蓋を開けて軟膏を塗る。たちまち血が止まった。
「夢じゃ無かったのか……」
セイ君がしげしげと傷跡もない指を見て呟いた。
「そうだよ!私たち異形の男からすごい薬を手に入れたんだ。」
「じゃあ、あんたの腹立つ言動も本当だったわけだ。」
何故か半目でジロリと睨まれた。
「へ?」
「あそこに残るとか、メロメロとか。」
「そ、それは薬のためで……」
しどろもどろな私に、セイ君がずいっと迫ってくる。
「あんた、俺の契兄だって自覚あるのか?」
「あ、あるよ!!」
瓶を持ったセイ君の手に、自分の手を重ねる。
「私が貰ったものを皇帝に献上するから、セイ君のはセイ君が使って。」
私の言葉にセイ君が眼を見張る。
「これが私が契兄としてしてあげられる精一杯だから。お願いだから、死なないでね。」
本当は前線になんか行って欲しくない。セイ君が戦で死んじゃう夢を見るたびに堪らない気持ちになる。
でもセイ君がこの国の将軍でいる限りずっと危険とは隣り合わせだ。
だから、何としても完癒膏を手に入れてセイ君にいざという時使って欲しいと思った。
「……リンは俺が戦に行くのは嫌か?」
「っ当たり前だろ!好きな人が死ぬかもしれないんだから。」
言葉にすると余計に怖くて声が震えた。
「じゃあ辞める。」
あっさり言うセイ君に、今度は私が眼を丸くした。
「え、そんな……出来るの?」
「薬を手に入れたら何でも褒美をくれるって言ってたからな。言ってみる。駄目なら逃げればいい。どうせ誰も碧麟には追いつけない。」
そう続けて立ち上がると、ヘキ様の繋がれた樹木まで歩いて木に結んでいた手綱を解いた。
私とした事が、ヘキ様のことをすっかり忘れていた。
「でも、本当にいいの?」
セイ君の後を追って確認する。
「あんたは?」
隣に立った私の頬をセイ君が撫でた。
「今の職を辞めれば俺は宮廷にはいられなくなる。下手したら裏切り者として都を追われるかもしれない。」
「もちろんそうなったら私も一緒に行くよ!」
「ふん。そうか。それは攫う手間が省ける。」
さらりと物騒な事を言ってセイ君はヘキ様に跨った。
その後で私も引き上げてくれる。
「なあ、さっきのもう一回。」
「さっきの?」
「好きって」
背後から腕が回ってきて腰を抱き寄せられ、甘えるようにすりすりと懐かれる。
か、可愛いんだけど……。
「好きだよ、セイ君。」
言った直後かぷりと耳を食まれ、腰を抱いていた手が胸を撫で回し始めた。
「セ、セイ君!今は碧麟様の上だから……っ」
我慢出来なくなるからあまり煽らないで欲しい。
私が言うと動きはあっさり止まった。
「ありがとう。ね、セイ君は私のこと好き?」
自分が言った事への返事が欲しくて聞いてみる。
「あんたな、止めたくせに煽るなよ。」
憮然とした口調で言われた。煽ってくるのはセイ君のほうじゃん……。
「だって、私は言ったのに。」
「後でな。」
それは褥でいっぱい好きって言ってくれるってこと?最高なんだけど!
もう次宿に泊まったら絶対抱く!
そうして浮かれ気分で山を降りて泊まった宿で、私は自らの盛大な勘違いにようやく気づいたのだった。
(おわり)
————
ここまでお付き合いありがとうございました!
他にも短編を投稿してますので良ければ作品一覧からどうぞ!
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毎日の癒し☺️💓
安定で設定とシュチュが最高すぎます!
無理のない投稿で頑張ってください!
全裸待機してます( *˙ω˙*)و
ありがとうございます!
お気に入りのシチュはありましたでしょうか😉?
そろそろ一気投稿も終盤ですがどうぞお付き合い下さい!!