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しおりを挟む「えっと、何か遊びでもする?」
気分転換のためにそう言えばセイ君は囲碁のセットを出してくれた。向かい合って座りしばらく対局する。
私も苦手じゃない方だけど、さすが知将だけあってセイ君もなかなか強い。
セイ君は饒舌なタイプじゃないから、たまに私が話し掛ける以外は静かにパチパチと碁石をうっていく。
「なあ」
珍しくセイ君から話しかけられた。
「リンは、本当は飛駿の出じゃないのか?」
「え、いや、違うよ。」
「周りに隠してるなら、口外しないから俺には教えてくれないか。」
「本当に違うんだ。確かに、私は飛駿族の馬の扱いについて知ってる。最初の時嘘ついてごめん。でも本で勉強しただけ。」
「騎馬の世話に関することもか?」
「あ、うん。晃の書記官が飛駿の元軍人から聞き取った書簡が黄書庫にあって……」
「そうか。俺みたいな裏切り者が他にもいるんだな。」
「そんな……」
確かに飛駿族は、晃と長年敵対している凱古(がいこ)帝国と同盟を結んでいた独立民族だ。
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「セイ君は、晃に来たことを後悔してるの?」
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晃だって、かつては領土を北方の凱古に支配された国だった。
その軛を力で振り切った時、自由になった体は膨張を続けないと保てないようになってしまったのかもしれたない。
自分の故郷を征服した国でずっと戦い続けるのはどんな気持ちなんだろう。
セイ君も、晃みたいにもう自分では止まれなくなってるのだとしたら。
「……15年前の戦に勝ち目は無かった。だから、晃軍が襲撃してきた時俺は碧麟と逃げた。無駄死にしたくなかったから。その判断は後悔していない。」
セイ君が険しい顔で言う。
セイ君はその戦の場にいたのか。まだ子供だったろうに、故郷を離れ独りで生きなきゃならなかったなんて……。
「でも、セイ君寂しそうだよ。だから私が飛駿の人かどうか知りたいんじゃないの?」
「違う。あんたを飛駿だと思ったのは、あんたの碧麟の世話の仕方がいつも親父によく似てたからで……」
「いつも似てる?」
「っなんでもない。別にそんなにあんたの事は見てない。」
「お父さんって、飛駿の軍人だったの?」
「あ?ああ。部落の頭領だった。」
「……ねえ、セイ君お兄さんいた?」
「ああ、いた……が。」
「子供の時セイ君と喧嘩して、お兄さん左肘に傷跡が残ったでしょ。」
「は?……な、んで……」
私は不思議と一つの確信を持った。
「来て。」
「おい。」
「いいから。」
セイ君の手を取って、もう一度黄書庫に向かう。
「陽さん!あの飛駿族の馬の書簡借りるね!」
中に入ってまだ書物を読んでた陽さんに告げ、返事を聞く前にセイ君と一緒に本をしまった隣室の棚に向かう。
陽さんが騎馬の育成に関する記述だけまとめた書簡は黒書庫に渡したが、原本は余計な話ばかりで読み辛いから不要と返されていた。
目的の本に辿り着くと、棚から厚い綴じ本を抜き出してセイ君に渡す。
セイ君がそれをまじまじと見る。
「その本は、13年前北方の山中で1人で暮らしてた男性から書記官が聞き出した記録だ。大半が男性と書記官の禅問答みたいなやりとりだけど、残りの大部分が騎馬のことで、男性の身の上話が少し。男性の容姿についても触れられていて、右頰に若い時に落馬でついた楓の葉みたいな傷跡がある。」
そこまで言うとセイ君の顔色が変わった。
「男性には子供が2人いた。男の子。生きていれば今30歳と28歳。上の子は晃との戦で亡くなったみたい。下の子は生き別れてる。名前や出自は明かしてない。多分、男は逃亡した捕虜だったんじゃないかな。」
「まさか。」
「男には異民族の訛りがあって、たまに書記官に自分たちの言葉を教えていたらしい。書簡に書かれたその言葉のメモから彼は飛駿族だと推測できる。私はこの本にある馬の世話の仕方を真似たんだ。話しかけ方や触り方まで全部。それを見た君は、私をお父さんそっくりだと思った。」
そこまで説明して、セイ君を見つめる。
「これが俺の親父だって言いたいのか?ありえない。親父は他人に馬のことをベラベラ喋るような人じゃなかった。俺にだって教えてくれなくて、いつも兄貴ばかりで……。」
「これは私の推測だけど、もし次男が生きていたら、記録に残っていればいつかは彼に届くかもしれないって思ったんじゃないか。」
「嘘だ。あの人が俺のこと考えるわけない。」
「記録の中で彼は後悔してたよ。下の子は優秀過ぎて能力が兄以上だった。でも、頭領の座は長子相続だ。だから態と兄弟に大きな差をつけた。酷いけど、不器用な人だったんだと思う。読みなよ。セイ君ならきっとお父さんだって分かるよ。」
セイ君は黙って本を見つめた。
その顔はどこかあどけなくて、15年前から止まったままの何かが彼の中にあるのだと感じた。
それが、また進み出せばいい。
そう思いながら彼の背を押してまたセイ君の部屋に戻る。
陽さんが静かに見送ってくれた。
それから部屋でセイ君が静かに本を読む間、私は彼の背中にもたれてじっとしていた。
背中合わせなのは、多分読んでる顔を見られたくないだろうなと思ったから。
引っ付いているのは、その方がセイ君が寂しくないかなって。
待ってる間背中越しに聞こえるセイ君の心臓の音を感じていた。
たまにセイ君が小さく鼻をすする音がする。
最後まで読む事は、少し辛いかもしれない。
書簡は飛駿族の男の病死で終わっている。
でもセイ君ならきっと大丈夫だろう。
たまに慰めるように頭をセイ君に擦りつけたりしていたら、セイ君の体温が心地よくていつの間にか眠ってしまった。
外の明るさと蒸し暑さで眼が覚める。
昨日と同じだ。
目を開けると、目の前にセイ君の体があった。
セイ君が本を読む間に寝ちゃったのか。
背中にもたれていたはずなのに、寝台に横になっている。
セイ君が運んでくれたのかな。
起きようとして、今日もがっしり体を抱き込まれているのに気がついた。
これでは起き上がれそうにない。
見上げると、セイ君はまだ寝てるみたいだった。
寝ていてもすごく綺麗な顔だけど、心なしか目尻がちょっと赤い。
思わず手を伸ばして赤くなった箇所に触れた。
「んん……」
セイ君がくすぐったそうに身じろぎをする。
何だか可愛い。な、何かちょっとムラムラしてきちゃった。朝だしな……。
「セイ君、朝だよ。」
魔が差して寝込みを襲う前に起こすことにした。
セイ君がゆっくり目を開ける。
「リン、おはよう。」
寝起きのセイ君がふわっと笑って私の首に顔を埋めてくる。
か、可愛い……こんなの襲っちゃうよ!!
はっ、いかんいかん。
「おはよ!ね、セイ君、本に書かれた人お父さんだっただろ?」
気を引き締めて話しかける。
「ああ。確かに親父だと思う。その、ありがとう。」
セイ君が少し照れたように言う。
何だか今までより態度が素直できゅんとしてしまった。
「う、うん。それで、最後まで読んだかな。」
「ああ。」
「お父さんのこと、残念だったね。」
「……ああ。でも、知れてよかった。」
そう言ったセイ君に少し安心した。
「リンのおかげだ。」
セイ君が私のおでこに額をくっつけてくる。
はぁ、ちょっと堪らないかも……。
「って、だめだ!どういたしまして!じゃ、じゃあ私仕事に行くから!またね!」
理性が効いている間にどうにかセイ君の腕を抜け出して部屋を後にする。
お父さんが亡くなったのを知って落ち込んでるだろう人に欲情するなんて最低だ。
煩悩を祓うため、その後の仕事は鬼のように集中してこなした。
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