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しおりを挟む早朝、宿屋に併設された厩舎に水を汲んだ桶を持って向かう。
ヘキ様とセイ君と完癒膏を探す旅に出て10日経った。私たちは南下したのであまり話が入って来ないが、そろそろ北の方では凱古と開戦してる頃だろう。
厩舎にはもうセイ君がいた。
「セイ君おはよう!」
「リン、毎日来なくていい。何度言えばわかる。」
「でも、私だって碧麟様に乗せてもらってるから……」
そう。1週間ほぼ寝ずに宮廷中の書庫を漁り回し、どうにか入手方法を突き止めてふらふらのままセイ君に抱えられるようにして旅立ってから、毎日移動はヘキ様でしてる。
この素晴らしいお背中を私如きが毎日堪能するだけで済ませていいわけない。
セイ君に朝の毛繕いをされてご満悦なヘキ様を見つめる。
ああ、今日もお美しい……。
「おい。」
見惚れていると、横から顎を掴まれて顔を引かれた。
向けた先にはセイ君がいる。
「こっちも見ろ。」
「はい?」
言われた通りに今度はセイ君を見つめる。
相変わらず美丈夫で特に変わった様子はない。
「ふん。朝飯にするぞ。」
しばらくしたら用が済んだのか解放された。
慌ててヘキ様にお水を差し上げてセイ君の後を追う。
さっきの何だったんだろ?
朝食を終え旅立ち支度をして、今日もセイ君とヘキ様に乗って出発した。
「この街道の先が分かれ道になってるから、右に行ってね。そこから山道に入るんだけど人里はないから、今日は野宿かも。」
頭に入れてきた地図を頼りにセイ君に道を教える。
「わかった。もう近いんだろう?」
「うん。これから入る山が連なる山脈の中に、完癒膏を授ける不思議な男がいる神殿に繋がる場所があるはずなんだ。」
完癒膏がどうやら実在するらしい事は文献からわかった。
しかし問題は入手方法だった。
それを手にした人間は、皆不可思議な神殿に迷い込んでおり、そこにいる美しいが頭から二つの角が生えた異形の男にそれを貰っている。
つまり、先ずはその神殿に行かねばならない。
行き方を調べていくうちに、特定の場所で決まった行動を行う必要があると分かった。
しかし、やる事は共通していても場所は変わるらしくそれを割り出すのは困難だった。
何日も徹夜して宮廷中に蓄積された占星、地学、方位学などを総ざらいし目星をつけたのが今向かっている山中だ。
1日中山道を登り、日が暮れた所で野営。次の朝からまた山を分け進んだ。
「この辺だと思う。」
木の間から太陽の方角と角度を確認し、頭の中の情報と照らし合わせた。
場所は間違いないだろう。
「何かあるような場所には見えないが。」
セイ君が訝しげに言った。
でも、ここのはずなんだ。
「とにかく、ここまできたんだ。神殿に行く方法を試してみないと。」
「何するんだ?」
「ええっと、まずはセイ君がそっちに立って。」
私は少し斜面を下った所にある老木の切り株の上に立つようにセイ君にお願いする。
セイ君は手にしていたヘキ様の手綱を近くの木に繋ぐとすぐに軽やかにそこまで降り立ってしまった。
「あ、やっぱりもう少し下の、そっちがいいな。」
さらに遠くを指定すればセイ君がそこに移動する。
「そんな調子で大丈夫なのか?」
セイ君が疑わしそうに訪ねてきた。
なかなか鋭くて冷や汗が出る。
本当はセイ君は私から離れてくれるだけでいい。
「実は、黙ってたけどちゃんとやらないとお互いの身が少し危険なんだ。」
「おい……」
「ごめんて。だから、絶対私が良いって言うまでそこを動かないでね。」
「ったく。危ない時は言えよ。俺が、絶対守るから。」
「うん。頼りにしてるね。」
「うるさい。早く進めろ。」
セイ君に少し勇気をもらって、私は儀式のため少し開けた場所に立つ。
腰に下げていた短剣を取り出してスラリと抜いた。
どうか、セイ君が私の意図に気付いて止めに来ませんように。
そしてそのまま少し息み、刃先を自分に向け思いっきり自分の腹に突き刺した。
ドッ
刺した箇所に鈍い衝撃が走る。
思ったより痛くない。
斜面の下を見下ろせば、目を見開いてこちらを見あげているセイ君と目があった。
とりあえず安心させたくてヘラっと笑いかける。
痛くはないけどだんだん意識が遠のいて、視界はそこで途切れた。
・・・・
ふと目を開けると、高い天井が伸びる巨大な広間にいた。
白くて丸い柱が何本も天井に向かって伸びている。
輸入書物で見た遠い西の国の文明によく似た様式の建築だ。
刺したはずの腹部は痛みも出血もなく、刃物は消えていた。
「成功したんだ……」
呆然と呟く。いや、惚けてる場合じゃない。異形の男は……
「リンっ!!」
想定外の声が耳に飛び込んできて、背後から強い力で引かれ抱きすくめられた。
顔は見えなかったけど声と匂いですぐに誰か分かる。
「セ、セイ君!?」
身長差で胸に埋まる顔をどうにか捻って見上げた。
「何でここに!?まさかセイ君も自分でお腹刺したの!?」
「ああ。お前がしたから、何かあるのかと思って。」
「何でそんな危ないこと!下手したら死んでたよ!?そしたらヘキ様はどうするつもりだったの!!」
「そうか。死ぬ可能性もあったんだな。」
セイ君が恐ろしく低い声で言ったので、自分の失言に気付き冷や汗が吹き出す。
「説明してもらおうか。」
「えっと、記録だとここに来る人はみんな来る前に自ら命を投げ出す行動を取ってるんだ。で、気付いたらここにいた。だから……」
言い終わらないうちに、またぎゅっと抱きしめられた。
「何で言わなかった。」
「言ったら反対するでしょ。」
「当たり前だ。お前が倒れた姿、ゾっとした。」
「それはこっちのセリフだから……」
「そこの者。」
少し離れた所の暗がりから凛と通りのいい声がした。
一瞬のうちにそちらに向かって構えたセイ君の背後に庇われる。
声のした方からスッと現れたのは、六尺以上あるだろう背の高いとんでもなく美しい男だった。
その頭には、雄ヤギのような二本の重厚な角が生えている。
「ふむ、今回は二人とな。して、そちらは我の運命のヘイ=ボンか?」
「は?」
不思議な問いかけに、セイ君が怪訝な顔をする。
すかさずセイ君の背後から顔を出した。
「はいはい!私がヘイ=ボンです!こっちの人は勝手に私についてきただけです!!」
この問いかけも調査どおり。セイ君はどうにか早く帰してもらおう。
「おい!リン……」
セイ君の言葉をシッと人差し指を口に当てて制した。
「ほう……自ら名乗る者は初めてだ。されば本当にそちは我が運命のヘイ=ボンかもしれぬな。」
そう言う異形の耽美な顔つきが、どこか残念そうなのは気のせいだろうか。
「だからそうですって!それで、貴方のヘイ=ボンからのお願いですがこの人に貴方の薬を渡して帰してくれませんか?私の分も合わせて2つ!!」
セイ君を指差し、要求を伝える。
「薬?アンブロシアか?ヘイ=ボンの頼みならば聞くのは構わぬが……そちは中々図々しいな。ここに来れるのは愛する者のために命を投げ出せる清らかな魂だけのはずだが。」
「まあまあ。貴方の大事なヘイ=ボンの頼みですよ。」
適当に返してセイ君に囁く。
「セイ君セイ君。多分あの人の言うアンブロシアが完癒膏のことだから、それ持って一足先に帰って……」
「おい待て。そしたらお前はどうなる。」
「私はここに残るよ。調べた限りではそのうち帰れると思う。」
少し嘘をついた。ここから戻れた者はちゃんといるが、死んだものがどれくらいいるかは分からない。死人の話は記録できないから。
「絶対帰ってくるのか?無事な保証は?」
「大丈夫だから、私を信じて。ね?」
「……無いんだな。」
今度はセイ君はあっさり私の嘘を見破った。異形の男に向き直って言う。
「薬はよこせ。俺たち二人も返してもらう。」
「なんだ、そちの方はさらに輪をかけて図々しいじゃないか。」
男が美しく流れる眉の片方を上げて言う。
「うるさい。寄越すのか寄越さないのかだけ答えろ。」
「そこの者がヘイ=ボンならば帰すわけにはゆかぬ。」
「なら力尽くで従わせる。」
そう言ってセイ君は異形の男に歩み寄り腰の長剣をすらりと抜いた。
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