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しおりを挟むその日はあまり仕事が手に付かなかった。
簡単なミスを見落とし、上司に具合が悪いなら休んだほうがいいんじゃないかと遠回しに仕事を外されそうになる始末。
どうにか続けさせて貰って、いつもより時間を掛けて仕事をしたから合間に休憩を取ってヘキ様に会いに行けなかった。
何とか今日の分を夕方までにこなし、いつものように手伝いのため黄書庫に向かう。
「陽さん、霖潤です。」
「ああ、いつもすまんねぇ。」
いかにも好々爺といった風情の陽さんは、もう長らく黄書庫の主だ。
武焔帝は、古今東西津々浦々に配置された国の筆記官が地域の書物の写しや見聞きしたものを書き留め中央に献上する制度を作った。あらゆる情報を集めて効果的な領土統治に役立てるという寸法だ。政治、経済、地理、軍事、人間、風物に関する書簡が宮廷内の四大書庫に送られ、査読と整理がされる。
黄書庫はその一つで主に地域の文化や風物にかかる文書が集まる。
なので、軍事や経済に関わるような書簡を担当する書庫よりのんびりしていて陽さん1人で管理してるし私みたいな部外者も出入りできる。
問題は全土に配置された筆記官ごとにまとめ方や情報に癖や偏りがあって片端から読むと効率が悪いことだ。
だから私は陽さんが査読しやすいように先にざっと書物に目を通して内容を分類したり重要そうなものに印をつける手伝いをしてる。
文字を読むのが早いのは私の唯一に近い特技なのだけど、それが役立って嬉しい。
陽さんの伝で政治に関する書簡が納められている紫書庫で飛駿族のことも調べられたし。
いつものように積み上がった書簡の隙間に座るとパラパラとめくりながら内容に目を通し、メモ紙に分類や大まかな内容を書いて横に分ける。
「霖潤、これどうかねぇ。」
小1時間くらい作業してると珍しく陽さんが話しかけてきた。
渡された書簡にざっと目を通す。
「完癒膏?普通に考えたらインチキでは。」
それは南西の山岳地域から来た書簡で、ある日不思議な空間に迷い込みこの世のものと思えない美しい男からどんな傷も治る軟膏をもらったという少年の話が書かれていた。
「けど、この書記官普段から真面目な報告をする人なんだよ。わざわざ与太話を書いてよこすかねぇ。」
「分かりました。南西の記録を少し重点的に整理しましょうか?」
「うん。お願い。そろそろ凱古との戦が始まるからね。今度のはきっと大きいだろうよ。良い治療薬があるなら、何よりだ。」
黄書庫は、軍事や経済、政治を担当する他の書庫に分類出来ないものが大量に送られてくるごった煮書庫でもある。
でもたまーによく読むと国事に重要な意義を持つ書簡も紛れていて、それを探し出して適正な書庫に渡すのもこの書庫役目だ。
ごった煮な分間違いやデマも多いから鵜呑みは危険だけど、このなんでも治す薬の記録が真実なら一大発見になるだろう。
陽さんが気になってるならもっと調べる価値はありそうだ。
「霖潤のお陰で助かってるよ。こないだのほら、飛駿族から聞き取った騎馬育成術の口述筆記文書もあんたが見つけたし。」
それはあまり腕の良くない北方の書記官が、森に住み着いていた浮浪者から聞き出した話を書いた10年以上前の記録だった。
なので、納書当時陽さんはざっと読んで特段のもの無しと判断していたようだ。
けど、悪筆で内容も要領を得ないそれを読んでみるとその浮浪者がかつて飛駿族内で重要な位置にいただろう人物で、かなり詳しく馬の育成術について述べていることが私には分かった。
まあ、ヘキ様関連でだいぶ調べた分野だったし。
飛駿族は晃国に制圧された時に武人がかなり抵抗して多くが戦死したから、その優れた戦馬に関する知識は明らかにされてないことが多い。その中でこんなに詳しく書かれた本は珍しく、陽さんはその内容を整理して軍事部門に渡した。
飛駿族の騎馬技術は彼らの秘密とされるけど、書庫に納められた以上はなかったことには出来ない。
「あれはたまたまですよ。もう期待しないでください。」
そう返せば陽さんはふっふっと笑った。
「あ、陽さん、今日はいつもより早めに切り上げますね。」
「ああ、いつ帰っても構わないよ。また碧麟号の所かい?」
「まあ、そうですね。」
本当はセイ君に部屋に来るように言われてるからだけど、私たちの関係を説明していいものか分からなくて濁した。
今日はヘキ様に会えてないし、そっちにも寄ってからセイ君のところ行こうかな。
「失礼する。」
査読をしながら考えていたら、よく通る張りのある声がした。
入口の方を見るとセイ君が立っている。
「袁将軍?」
突然の珍客に陽さんがキョトンとしてセイ君を見た。
私は立ち上がって本を避けながらセイ君の前まで移動する。
「仕事は終わったと聞いた。なぜ来ない?」
セイ君がむすっとした顔で言う。
いや、そりゃ行くって話だったけど時間までは約束してないし……
「ごめん。仕事の後はこの書庫の整理を手伝ってて。終わったら行くつもりだったんだ。」
「いつまでだ?」
「えっと……」
「霖潤、今日はもういいよ。わざわざ袁将軍がいらっしゃるくらいだ。大事な用事なんだろう?」
「えっ」
「すまない。では連れて行く。」
セイ君が私の肩を抱くと歩き出した。
強引に引かれて書庫から連れ出される。
セイ君の部屋まで行く間、何人かの宮廷人とすれ違った。
皆一様に驚いた顔でセイ君と私を見る。
そりゃそうだよね。有名将軍が平官吏の肩抱いて歩いてるのは異様な光景だ。
部屋に着いて2人になると、おもむろに顎を取られてキスをされた。
驚いて反応が出来ないでいたら抱きすくめられて更に口づけが深くなる。
ちゅっ……ちゅぷ、くちゅ……
粘着質な音が響いて耳をいっぱいにしていく。
酸欠と、熱い舌が口内の粘膜を擦る刺激に頭がぼうっとしてきた。
「んん……ぷはっ……んはぁ、ふぅっ……」
すごい。キスってこんなに気持ちいいのか……
まさかセイ君とこんなことをする関係になるとは。
……いやなんで本当こんな事になってるんだ?
酔った自分何やらかしたんだよマジで。
キスをしながらセイ君の手が私の体を這って、帯に手をかける。
「っ……ダメだ。止めて。今日はシないから。」
服を脱がされそうになり慌てて抵抗した。
「嫌か?」
「嫌というか、連日なんて体への負担が大きいだろう?」
辛いのは女役のセイ君だからね。積極的なお誘いにドキドキしちゃうけど、年長者らしくここは私が理性で節度を守らねば。
「……あっそ。」
セイ君が拗ねたように少し離れる。けど、頬を撫でてくる指はどこか優しくてこそばゆい。
や、やばいな。自分から止めておいてちょっとその仕草にムラムラしている。
しかも何故か……お、お尻が疼くというか……。どうしよう契弟を前に契兄がお尻疼かせてるとか情けなさすぎる。
ちょっと自分で弄るの控えよ……。
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