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しおりを挟むアカオは、結局ドアを開ける事なくまた覚束ない足取りでトキノの方に向かった。
近づく気配で顔を上げたトキノをチラリと見下ろせば、泣いてはいなかったがその目や鼻は真っ赤だった。
周囲の女に大人気の顔が台無しだな、と思う。
廊下に放り出されていたトキノのスマホには、母親の着信が続いている。
アカオは軋む体でそれを拾い上げ、通話を開始した。
「もしもし?母さん?僕。アカオ。」
「アカオ?大丈夫なの?」
「うん。連絡しなくてごめんなさい。心配してくれてありがとう。」
アカオは被り慣れた仮面で穏やかに対応した。
「急に連絡が取れなくなるから、びっくりしたのよ。」
「ごめん。父さんが死んで、改めて就活したりしてたじゃん?終わったらなんか気持ちの落ち込みと疲れが一気に来ちゃって、トキノに甘えてた。」
こちらを見ていたトキノが目を見開く。
「本当なの?ねぇ……ちゃんと言ってる?」
母親特有の勘というやつだろう。
恐らく、今の自分たちの状況について何かを感じているからしつこく連絡をしてきたのだろうとアカオも思っている。
「うん。そうだよ。どうしたの?いつもそんなに僕のこと心配しないじゃん。」
「だって……いえ、わかった。アカオがそう言うなら。」
母親も、アカオ本人の言葉を聞いてそれなりには納得したらしい。
「ありがとう。今週末は2人で帰ろうかな?カレー食べたい。」
より安心させるため少し余計に会話した後、通知を切ってトキノを見る。
信じられないという顔でこちらを見ているが、アカオだって自分のこの行動をいまいち信じられていない。
でも、戻ってきてしまった。
「だってトキノ、今僕が出て行ってもまたしつこく追いかけてきそうだし、これ以上行動がエスカレートしても困る。」
そうもっともらしく言い訳をして、トキノの前にしゃがみ込む。
「殴ってごめん。」
一言謝ってアカオはトキノの頬にできた赤い擦り傷に触れた。
そのまま最後に残った妖力で治癒の術をかける。
本来妖狐一族は人身を操る術や物理攻撃は得意だが治癒術は大半が習得出来ない。
その中でそれなりに実力のあるアカオは、小さな傷を治すくらいなら術をつかうことができた。
トキノの頬が元通りになった直後、妖力が枯渇したアカオは途端にポプンと煙を上げて狐の姿になった。
その体にトキノがぎゅっと縋り付いてくる。
「兄さん、好き。」
体長80cmもないアカオの体にぎゅうぎゅうしがみつくトキノに、仕方がないな、と呆れながら前足の肉球でトキノの肩をポンポン叩いてやった。
疲れ切ったアカオはその後ベッドに戻りすぐに寝てしまった。
目が覚めた時には外は既に陽が昇っていて室内はほのかに明るかった。
姿は狐のままだが、体は思ったより楽で妖力もそれなりに回復していた。人型に変化も出来そうだ。
トキノが何か回復するような事をしてくれたのかもしれない。
そんな事、普通の妖狐には到底出来ない。
そう思うだけで心臓がヒリヒリしたが、こういうのはもうやめなきゃ、と敢えて考えないようにした。
隣が何だか温かいのはトキノが添い寝しているからだった。
体長100cmほどの大きな白銀の毛皮の狐が、多数の尻尾に埋まるようにして横になっている。
手足を折り曲げ、胴体だけピタッとアカオの体にくっつけるようにして寝ていた。
アカオが起き上がると振動で目が覚めたのか、トキノも瞼を開けた。
狐型の時のトキノは雪兎みたいな赤い瞳をしている。
「兄さん」
大きな体がか被さってきて、べちゃっとベッドに押し付けられた。
そのままはむはむ毛繕いを始める。
「やめろって!ちょっと。」
ぼふんと煙を上げて人型になり、狐のままのトキノを押し退ける。
するとトキノも人間の姿になった。
お互い素っ裸で、これまでされた事もありぐっと身構える。
無表情のトキノがこちらを見た。
しばしジリジリと睨み合う。
「……服。」
トキノが机の上に寝る前に用意していたらしい衣服のセットを渡して来た。
「あ、りがとう。」
受け取って用心深く確認する。
それは着慣れたアカオの衣服で、特に何か術が掛かっている気配はしない。
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