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しおりを挟む「トキノ、トキノの気持ちはわかったよ。でもこんな事犯罪だぞ。バカなことするなって。な?」
「じゃあ兄さんが、一生俺から離れないって誓って自分の意思でここにいて。そしたら犯罪じゃなくなるよ?」
トキノが甘えるように額をぐりぐりアカオの胸板に擦り付ける。
「あのなぁ……」
「兄さんは、俺しか見ちゃダメなの。兄さんに触ったり、話しかけたりしていいのは俺だけ。俺はただそんな当たり前のことを実行してるだけだから、それが犯罪なら世の中の方が間違ってる。」
弟はどうかしてしまったらしい。
アカオは内心で頭を抱えた。
そのきっかけが、あの日自分が逆上して喚いたことならなんて馬鹿なことをしたんだ。
今すぐ過去に戻ってあの時の自分に余計な話し合いなんてせずにさっさと逃げろと言ってやりたい。
この頭が恐ろしく良いけどおかしい弟から逃げ切れるかはさておき。
アカオは口答えも抵抗もやめた。
今は機を見るしかないと思ったからだ。
「兄さん、ご飯食べさせてあげるね。」
トキノがアカオの胸に埋めていた顔を上げて嬉しそうに笑った。
アカオは黙って頷くしか出来なかった。
ベッドは電動リクライニング機能がついていて、食事の時は背もたれが起き上がった。
起き上がった分腕に繋がれた鎖が後ろに引っ張られるので、自分では食事が出来なくてトキノに全て食べさせてもらう。
こんな時でもトキノの作る食事は美味しかった。
「味はどう?」
「うん、美味しいよ。肉団子の味つけが好きだな。作ってくれてありがとう、トキノ。」
内心に逆らってトキノにおもねるのは慣れていたからか、こんな異常事態でもアカオはすらすらとトキノの機嫌をとった。
そうしたら、自分の弟がまた目障りではあるけど少なくとも害ではない存在に戻らないかと期待して。
「そう……」
トキノが静かに返して給餌を続ける。
アカオはその含みのある物言いにすこし違和感を覚えたが大人しく運ばれる食事を飲み込んだ。
食事を終え、いつも作ってもらった時のようにアカオはトキノに接した。
「ごちそうさま。僕、やっぱ。トキノの作るご飯が一番好きだな。」
そう言って笑いかける。
機嫌が直れば話し合う余地も生まれるだろうと打算してのことだった。
手にしていた食器を机に乗ったトレイに置き、トキノがこちらを向く。
「いつも通りだね、こんな状況なのに。」
トキノの静かな言葉に、誰のせいだと喉まで出かけて堪える。笑顔を保ったのは意地だった。
「やっぱり、いつもが嘘だったんだ。」
「あ……。」
見透かしたような瞳に、思わず素直に返してしまった。
それは事実だ。普段から作った態度だから、おかしな場面でもそれを作れる。
「トキノ、違う。誤解だよ。」
弁明するも、トキノは興味なさげに屈んでベッドの下から風呂桶に入ったタオルと尿瓶を取り出した。ご丁寧に介護用のボディワイプまである。
「俺今日研究室行かなきゃでしばらく戻ってこないから今済ませて。大きい方も出るならしといた方がいいよ。桶だけど。」
その光景と言葉に背筋に冷たいものが走った。
「トキノ、流石にトイレ行かせて。絶対逃げないから。な?」
「だめ。脱がすね。」
アカオはトキノに監禁されるとはどういう事かやっと少し理解した。
トキノが近づいてきて、ボトムの前立てに手を伸ばしてくる。
「と、トキノ……本当にやだ、怖い……」
アカオはここに来て初めて弱音を吐いた。
声が震えて涙混じりになる。
それは演技ではなくて本音だった。
コンプレックスで捻くれていても、アカオは十分恵まれた環境で育ってきて周りからはずっと尊重されてきた。
人の前で排泄をさせられるストレスに耐えられるような経験は積んでいない。
「……じゃあさ、兄さんが俺をどう思ってるか本心で言って。そしたらトイレ行かせてあげる。」
トキノの意図が分からず、アカオはその顔を見つめた。じっと絡みつくような視線が返ってくる。
「嫌いだよ。ずっと、だいっきらい。」
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