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しおりを挟む「何だよその言い草は。俺を馬鹿にするのもいい加減にしろ!」
「兄さん……?」
「俺がっ……どんな思いでずっと、ずっと……」
アカオは今まで隠していたトキノに対する憎悪を初めて顔に滲ませてトキノを見た。
とたんにトキノが蒼褪めだす。
「兄さん、ごめん。怒らせたなら謝る。ごめんなさい。」
「黙れ!俺が、どれだけ当主にふさわしくなろうとしても、いつもお前が邪魔する。何しても評価されるのはお前だ。」
「違う、そんな事……」
「違わないよ。俺にとっては。いつも邪魔だと思ってた。お前さえいなければ。お前が嫌いだ。大っ嫌い。」
「…………にい、さん……?」
ますますトキノの顔が青ざめて、声が震えている。
分かっている。自分の能力が足りないだけのこと。
単なる八つ当たりだ。
それでも、トキノがあまりに当主というものを軽く考えていて、そこに固執していたアカオは自分をさらに惨めに感じて我慢できなくなってしまった。
それは悪手だと、心にこびりついた狡猾な自分が嗜める。
やめておけ。今のトキノに逆らったところで立場が悪くなるだけだ。
どうにもならないことをわめき散らしたところで得なんて無いんだからいちいち騒ぐんじゃない。
で、そうして全てを押し込めてどうなる?この惨めさをいつまで我慢すればいい?
激情のままアカオは席を立った。
「まって!」
トキノに背を向けたアカオを、トキノが飛びつくように後ろから抱きしめる。
「ごめんなさい。気持ちを整理する時間が欲しい。ちゃんと、兄さんが望むようにするから。お願い。」
肩に頭を擦り付けて懇願してくる。
それはさっきの頑なな態度と違うように思えた。
「時間って、どれくらい?」
「……3,4日くらい。週末には。」
「わかった。」
アカオが了承するとトキノの体が離れていく。
それからのトキノの態度はいつも通りだった。
アカオの方が、本心を暴露してしまった分どういう風に弟と接したらいいか戸惑ったぐらいだ。
でもトキノがそれすら無かったことのように振る舞うから、手のひらを返したように冷たくするのもはばかられて次の日にはいつも通り接した。
そうして、表面上は何事もなかったかのように過ぎて金曜日になる。
「兄さん、食事の前だけどホットミルクどうぞ。」
「あ、ありがとう。」
アカオがソファーで夕食前にサブスクサービスの配信映画を流し見していたらトキノがマグカップを差し出してきた。
「ごめん、ロールキャベツ煮込むの遅れて、あと20分くらいかかるんだ。それでお腹空いちゃうかと思って。」
「いいのに。作ってもらってる立場で文句言わないし。」
それに今アカオはそんなに空腹でもない。
食事中に飲むことにして、マグをそのままテーブルに置こうとした。
「ありがと。この牛乳スーパーで初めて見たメーカーのやつなんだ。味どうかな?」
そう置く前に言われたので、じゃあと程よく温められたミルクを一口飲む。
美味しいけど、特にこれといった違いは感じない。
「うーん、いつもと変わらないよ。」
「なんだ。」
トキノも一口飲む。
「え、いつものより濃厚で美味しいじゃん。」
「えー変わらんだろ。」
念のためもう一口今度は多めに飲んでみる。やっぱり普通の牛乳だ。
「全然違うって。兄さん味オンチ?ちゃんと味わってみなよ。」
「うるさいなぁ。」
煽るようなトキノの物言いに、アカオはついには残った液体をゴクゴク飲んでマグを空にした。
「うん、同じ。」
タン、とローテーブルにマグを置く。
話は終わりとばかりに、流れていた映画に視線を戻した。
それから10分。アカオは急に眠くなってきて目をこすり、しきりに欠伸をした。
俳優のセリフはもう頭に入ってなかった。
「兄さんって、鈍いよね。」
アカオの横で一緒に観ていたトキノが唐突に言う。
「なに?なんのディス?」
アカオは眠い頭でどうにか返す。
「13人」
「んん?」
「俺が今まで追い返した、兄さんに邪な感情で近づこうとした奴の数。知ってた?」
「はぁ……?」
眠くて頭が回らない。
「俺が、どれだけ兄さんを好きかも全然気付いてないし。」
「とき、の?」
「でも、もういいんだ。おやすみ兄さん。」
トキノが体を寄せてくる気配がした。
でも、意識が薄れていて反応ができない。
抱き寄せられて温かいぬくもりを感じたところまでは意識があって、その心地よさはミルクに混ぜられた睡眠剤の回ったアカオの体を深い眠りに引きずり込んだ。
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