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しおりを挟む「トキノ。僕、色々考えてうちの会社に就職しないでシンガポールで働く事にしたよ。」
それぞれの生活が日常を取り戻したころ、二人で住んでる大学近くのマンションの一室でアカオは夕食の後そう切り出した。
この1LDKのマンションはアカオが選んだ物件だ。
大学生の一人暮らしにしては上質な部屋だが、アカオが当主の子供であることに鑑みれば当然の待遇だった。
だから、そこにトキノが住む事などアカオは一切想定してなかった。
トキノが同じレベルの部屋を別に借りても、富裕である妖狐一族の経済的には全く問題ないのだから。
しかしトキノは大学進学と同時にアカオの部屋に転がり込んできてそのまま居座っている。
王様気分で揃えたキングベッドやソファーセットも、2人で使えばただのルームシェアに適したサイズの家具になった。
もちろんアカオは内心では早く出て行けと思っていたが、いい兄を演じている手前寛容な振りで受け入れざるを得ない。
「え、どういう……こと?」
アカオの突然の報告に、珍しく狼狽えた様子で聞き返すトキノ。
「実は、ずっと前から妖狐としての自分から少し距離を置いて生きてみたいって思ってたんだ。でも、今までは僕が当主になる可能性もあったから我慢してた。父さんの死は悲しいけど、このタイミングだったのは何かの運命じゃないかと思う。」
アカオはもっともらしい顔で弁明を並べた。
「………………。」
「当主になったばかりのトキノを支えてやれないのは申し訳ない。本当ごめんな。でもお前ならきっと僕がいなくてもしっかりやれるよ。兄としてずっとトキノを見てきた僕が保証する。もちろん、いざという時はすぐ帰ってきて助けるからいつでも頼ってくれていい。」
「………………。」
「お前なら許してくれるよな?トキノ。」
本当はトキノに伺いなんて立てたくない。
けど、一族の繋がりから離れて生きることは妖狐には大きなリスクだった。
病気になった時、異形であることが人間に露呈しそうになった時、絶縁や追放により助けてもらえないことは命の危険を高める。
だから、もし家を出ていくとしても当主たるトキノの容認は必要だ。アカオはそう考えた。
そして、それは簡単なことだと高を括っていた。
末っ子らしい小さなわがままは数あれど、アカオの言うことにトキノが逆らったことは今まで一度も無かったから。
「………………。」
「そうだ。落ち着いたら遊びに来たらいいよ。そしたら僕、トキノにつきっきりで案内するから二人で沢山遊ぼう?」
まだ兄の発言にショックを受け切りのトキノに、ダメ押しでご褒美をちらつかせる。
昔からトキノはアカオを独占できるとこを殊の外喜んだ。
それを知っているアカオは、それをダシに過去何度もトキノを操っている。
だから今回もそうした。
「何でもう行く前提なの?駄目だよ。許さない。」
やっと発されたトキノの声は、アカオが初めて聞く抑揚のないものだった。
「トキノ、頼むよ。迷惑かけないから。」
「嫌だ。」
「嫌って、感情で話さないでくれないか。当主として客観的な判断をして欲しいんだ。僕は離れても絶対に一族に不利になるような行動はしない。そうだろう?」
「俺から離れることは許さないよ、兄さん。」
全く話が通じないことに、少なからずアカオは驚いていた。
トキノが反対する理由が、アカオと離れたくないという感情なのは分かる。
自分がそこまでトキノに慕われていた事は想定外だったが、慕われるよう仕向けたのは確かにアカオ自身だ。
でもトキノも子供じゃないし、アカオの知ってる彼はもっと冷静で客観的に物事が考えられる人間のはず。
「トキノ、いきなりで驚いてるのは分かる。でも、少し考えてみてくれ。トキノの気持ちの整理がつくまで待つから。」
これ以上ゴネられたらアカオも感情的に返してしまいそうだったので、内心うんざりしながらアカオはトキノとの話し合いを切り上げた。
「考えても変わらないよ。兄さんがこんな事言い出すって分かってたら、当主なんてならなかった。兄さんになってもらったのに。」
ふて腐れたように言い放たれた言葉に、ついにアカオの忍耐が限界を超えた。
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