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しおりを挟むアカオは自分の弟が苦手だ。
理由は相手にではなく、彼自身にある。
「アカオくん!久しぶりじゃん!」
「あ、仁科さんと鈴木さん。久しぶり~。今からお昼?」
知り合いが誰も受講してない2限の講義の後、昼食のため生協のカフェテリアに行ったアカオは、語学のクラスメイトに声をかけられ返事をした。
「そうだよ!アカオくんもこれからなら一緒に食べる?」
「うん。一人で寂しいと思ってたんだ。僕も一緒にいい?」
年季の入った愛想笑いで返す。
少し嘘だった。
狐は元来群れる種ではないため、アカオも一人はそんなに苦でない。
しかし、昼時に学食で一人でもくもくと食べることは側から見て友達がいないようで恥ずかしいと思っている。
この二人ならば女性だし、外見もそれなり。
アカオが楽しげに食事をとる相手としては十分だった。
狐なんて人を誑かしてなんぼだと思っているから、人の輪に入れないことはアカオにとって避けるべき事態だ。
体面は彼の日常で大事なものの一つである。
アカオは、古来から人の社会に紛れて生き続ける妖狐の一員だ。
本性は尾を四本持つ狐の姿だが、無論人間そっくりに化けることが出来る。
妖狐は総じて聡明で人心を操る力に長けた個体が多い。
そのため、一族は古くから人の社会の上位層に地位を築き、異形に対する人の排斥を免れる術を身につけてきた。
アカオも例外ではない。
しかも、アカオは妖狐一族の本家、当主の長子だった。
人の世界にあって圧倒的な少数派で異形である妖狐にとって、一族の助け合いや団結の維持は死活問題である。
そのため、当主は特に有能で信頼に厚い資質を持つことが求められた。
だから、アカオも将来の当主になるべく幼少期からずっとそうあるように振舞っている。
実際彼にはそれが出来るだけの資質もあった。
文武両道で、性格もいい。
それが、ほとんどの人間や妖狐が持つアカオに対する評価である。
アカオ自身もそれが分かった上で自分はそういう人間だと思っている。
ただ、少し、意識的にそうしてるだけで。
「兄さん。」
アカオが級友二人と楽しげに見えるように軽くじゃれあいながら注文カウンターに向かおうとした所で、後ろから声をかけられた。
げっ、と思ったが生来外面がいいのでにこやかに振り返る。
一緒にいた級友も同じ方を見て、わぁ!と小さく興奮した声を上げたのがちくりと癪に触った。
「トキノ、どうしたの?こっちのキャンパスに用事?」
そこに立っていたのは同じ大学の理系学部に進学した弟、トキノだった。
一つ年下の彼は普段は別のキャンパスにいる。それがわざわざアカオの匂いを辿ってこの食堂に来た理由を、アカオは過去の経験とトキノの持ち物からすぐ理解したがあえて尋ねた。
だってそんな事、今日も自分は一言も頼んでなければ約束もしてもいない。
トキノの言いたい事を汲んでやる必要がどこにあるというのか。
「兄さんとお昼食べようと思って。」
トキノが手にした紙袋を少し持ち上げる。
そこにはトキノが作った極上のお弁当が入っていることもアカオは知っていた。
けど、それはアカオが望むものじゃない。
「あ、ごめんなトキノ。僕今友達と食べる約束しちゃって……」
申し訳なさそうな顔を作り、弟にフランクに接する兄として振る舞う。
「お友達……」
トキノが二人の女生徒を一瞥した。
「あっじゃあ弟さんも一緒にご飯食べようよ!」
「うんうん!私たち、あの『天才トキノくん』と話せるとか超ラッキーだし!」
何だその二つ名。教育番組か。
心の中で吐き捨てる。
もう二人の目的がアカオと昼食を食べるではなくトキノとお近づきになるにシフトしているのは明らかだった。
やっぱりこうだ。いつもトキノが邪魔をする。
貼り付けた笑顔の下で、ムカムカとした苛立ちが湧き上がる。でもそれを素直に表に出すほどアカオは無垢じゃなかった。
「そう?二人が気にしないなら是非弟も仲間に……」
「すみません。家のことで少し兄と話があるので、今日は遠慮してもらえませんか?」
トキノが二人を見つめて告げる。
やっぱりやりやがるか、とトキノは内心でため息を吐いた。
「あ、そうなの?わかった。じゃあねアカオ君!」
トキノの操心術で意思を変えた二人があっさりアカオを置いて注文カウンターに歩き出す。
舌打ちをしたい気分だった。
けど、温和な顔と呑気な声でトキノに振り向く。
「じゃ、いこっか。グラウンドの脇のとこにする?トキノ好きだもんな。そこ。」
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