R18/短編/超絶美貌の魔王様が求めてやまないのは運命のヘイ=ボン村人だけ

10,

「う゛う゛う゛う゛……」

混乱していると、すぐ近くで苦しそうなうなり声がした。
した方を見れば、ザイがうずくまって震えながら唸っている。
体が少しずつ大きく膨らんで、全身が毛で覆われていく。足や手の爪が、刃のように鋭く尖っていった。

魔物は異界に行くと性質が変わる。
そう言った魔王様の言葉が頭をよぎる。

「ザイ、ザイ！大丈夫！？」

呼びかけても返事がない。

「サティ！危ないから離れろ！」

トマが呼びかけてくる。

「だから、偽物だって。人型の方は雑魚だな。狼の方は手を加えたら使えそうだ。ほら、せっかく呼んだんだろ。頑張って。」

稲妻のような光が飛んできてザイを覆った。

飛んできた方向を見ると、ローブの人がトマの手首を掴んでいて、その手から稲妻が噴き出してザイを包んでいた。
ザイの体がさらに大きくなって、うなり声が激しくなる。

とうとうザイはおばあちゃんから聞いていたよりもさらに恐ろしくて大きな狼の魔物になって立ち上がった。
その目はもう僕が分かっていないようだった。
膨れ上がった体の影が僕を覆う。

「ザイ……うそ……」

動けない僕に、ザイの太い腕が振り下ろされるのがやけにゆっくりに見えた。




バシュッ




その時、何かを鋭く切り裂く音がした。
しばらくして ズシンと大きなものが地面に落ちる音と振動。

視界に大好きな背中が広がっていた。

「魔王、さま……ザイが……」

震える声で目の前の背中に話しかける。

「ああ。」

魔王様はそれ以上何も言わなかった。
僕も何も言えなかった。

もう頭が理解を超えてる。
ザイはどうなったの？
何で魔王様がここにいるの？
魔王様はここに来て大丈夫なの？

「トマ！これは大物が来たよ！大当たりだ！」

現実味のない明るい声が背後からした。

「先生、あなたの仕業か。」

魔王様が僕を自分のマントの中に匿いながらローブの男を睨む。

「トマが親友を殺した人間たちに復讐したいって言うから手伝う必要があって。大丈夫。これでいいはずだよ。」

その言葉に、驚いてマントの隙間からトマを見た。
トマが僕の視線に気付いて目を逸らす。

「魔王様、ここにいたらダメだ。帰ろう？」

嫌な予感にマントの中の魔王様の手を握って、違和感にはっとした。
見ると綺麗だった肌が黒ずんで、いつも整っている爪が鋭く獣みたいに伸びている。

見上げたら、顔にもどす黒い皮膚が広がって澄んだ瞳が爬虫類の目のような形になっていた。

「魔王、さま？」

「サティ」

魔王様が僕に向き直ってカサついた黒い手で頬を撫でてくれる。
その後ろに、血溜まりの中倒れているザイが見えた。

「我はそちが好きだ。……達者でな。」

その言葉の意味を理解する前に、魔王様が僕の顔から手を離して自分の体に当てた。


バシュッ



また大きな音がして、赤いものが飛び散る。
その中でドサっと魔王様の体が崩れ落ちた。

「え、これ大丈夫かな。ちゃんと分かったみたいだし大丈夫だよね。」

ローブの男の場違いに呑気な声がする。

目の前には、血だらけで動かないザイと魔王様。

何だこれ。こんなのいやだ。

「いやああああぁ！！」

頭が真っ白になって、ただ戻りたいとだけ強く思った。