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しおりを挟む「サティよ、そち、元の世界に帰るか?」
その日の夕ご飯はザハの肉と葉キノコのシチューで、僕も知ってる料理が嬉しくて慌てて食べてたら魔王さまが言った。
「え、帰れるの?」
「……帰れる。」
僕の口の端に付いたスープを布巾で拭いながら魔王様が静かに返事をする。
「じゃあ、1日だけ帰りたい。」
きっとトマや僕の家族は僕が死んだって思ってるから大丈夫だよって言いたい。
「それは出来ぬ。我はそちを元いた世界には戻せるが、呼ぶ事は出来ぬ。」
「僕が来たのは?」
「それは先生の施した術。我のものではない。」
「そしたら、また生贄になったら来れる?」
「ならぬ。死ぬ覚悟の無い者がここに来たためしはない。」
「でも、僕が魔王様に満足してもらえなかったら代わりにトマが……。」
「そちの村のことわりは正しておいた。もう不作も疫病もない。」
「えっ……」
本当なら嬉しいはずなのに、ほっとしたけどあまり嬉しくない。
「僕がヘイ=ボンじゃないから、魔王様は僕が帰ってもいいの?」
それで、僕が帰ったら僕のことなんて忘れて次の誰かを待つんだろうか。
それがヘイ=ボンだったら、ここに住まわせて優しくするんだろうか。
……何だろう。嫌な気分だ。
「……うむ。そちはヘイ=ボンではないから、帰るがよい。」
平然と言われて、不思議とすごく悲しかった。トマに会いたいって思ってたはずなのに。
涙がこみ上げそうになって、ぐっと堪える。
「……。」
「サティ、返事せよ。」
魔王様が伸ばしてきた手を、とっさにパシッと振り払ってしまった。
今顔を合わせたら絶対泣いちゃう。
「ま、魔王様のバカ!」
勢いで叫んでそのまま部屋を飛び出した。
力任せに走って、今日遊んだ空間につながる扉を開く。
重い扉をぐっと閉めその場で草原にしゃがみ込んだ。
僕、何でバカなんてひどい事言っちゃったんだろ……
少し冷静になって後悔が込み上げてくる。
魔王様はきっと僕のために言ってくれたんだ。けど、帰ったら二度と魔王様には会えない。
僕はそれが嫌なのに、魔王様は別にいいんだ。
そう考えるとまたズンと胸が痛くなった。
「……魔王様のばか。」
「あれ、サティだ!」
ザイの声がして振り返る。
魔界の赤い月明かりに照らされた彼の姿が見えた。
「どしたの?」
僕の様子を察知したのか、いつもみたいに駆け寄って来ないでとっとっと足早に寄ってきて隣にちょこんと座った。
「……魔王様は、僕がいなくてもいいって。」
少し拗ねた気持ちでザイに言う。
「陛下は1人でなんでも出来るから。」
「そうだけど……」
そりゃそうか。仕事もせず厄介になってるだけのやつなんて。
「陛下前はずっとお仕事してたけど最近はサティに会いにくる。」
会いにきてると言うか、僕がやらかした時に助けに来てるというか。お仕事の邪魔までしてるという。
うぅ……帰れって言われて当然だ……。
なのに僕バカなんて言って……。
更に気分が落ち込んできた。
「陛下前より楽しそう。」
その言葉にザイをみると、にっこり笑って尻尾がパタパタ揺れた。
「……僕、謝ってくる。」
それで、これからは働くからここに居たいって言おう。
よいしょと立ち上がって、扉を開けた
ら、
そこに魔王様がいた。
「魔王様……」
「サティ、すまなかった。」
何故か魔王様が謝ってくる。
「魔王様は何も悪くないよ。バカって言ってごめんなさい。」
「いや、そちが帰れることを今まで黙っておった。帰りたかったろうに。」
「違うよ。僕、帰りたくなくて、でも帰れって言われて、カッとなっちゃったの。」
「帰りたくない?トマに会いたかろう?」
「会いたいけど……それで魔王様に二度と会えないならそっちの方が嫌だ。」
そう言ったら、魔王様の大きな右手が僕の頬を包んだ。
ゆっくり撫でてくるその手に擦り付けるように顔を寄せる。
そのまま見上げたら、綺麗な顔がこちらを見つめ返していた。
赤い月明かりの中で、アメジストの瞳が深い紫に見える。
大きな体が少し屈んで僕の背中に腕を回し軽々抱き上げた。
「ふふ、陛下嬉しそう。」
そう笑ったザイの頭をぽんぽんと撫でたあと、僕を連れて魔王様は部屋に戻った。
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