上 下
20 / 46
出会い編

20, 告白

しおりを挟む
ベルガモットの豊かな香りは、少し気持ちを落ち着けてくれた。

しきりに薦められるので、付け合わせのクッキーも一口かじる。
甘くてこれも体に沁みた。

稽古部屋の隅に置かれたフリフリのチェアとテーブルで一息をつく。

「お口に合いましたか?」

ルパートさんが尋ねてきた。

「はい。美味しいです。ありがとうございます。」

「あまり根を詰めすぎませんよう。」

「でも、本番が近いから……。あの、伯爵が治るまではここにいるつもりですが、昼間は劇団に戻っても大丈夫でしょうか。そろそろ立ち稽古しないと。」

「申し訳ありませんが、それも……」

「結婚してる間は伯爵の許可がいるんですね。」

「はい。」

「……。」

「あの、お気持ちはわかりますがどうか旦那様のお怪我が治るまでは離婚の話は……。」

「分かっています。怪我は僕のせいだし、落ち着いてから話した方が良いし。」

「ありがとうございます。」

「そういえば、ガロ座長から何か返事は来ていませんか?」

ガロさんには、伯爵が治るまで屋敷にいることを朝食前に書きつけて届けてもらった。それに昨日泊まると書いた手紙も返事が来てない。

「いえ、何も。」

忙しくて返事どころじゃないのかもな。
まあこっちからこまめに近況を伝えておけば大丈夫だろう。
伯爵に許可を貰えば帰れるんだし。

「あの、夕食は伯爵とご一緒出来ますか?」

僕の言葉にルパートさんは嬉しそうな顔をした。

「はい。もちろんでございます。」


それからまたしばらく稽古をしたら、日も暮れて夕食の時間になった。

伯爵の部屋に手帳を持って向かう。
部屋に入ると伯爵のいるベッドに向かった。

「あの……」

話しかければあからさまにビクっと体が跳ねる。
さっきからこっちを見ないし、向こうも手帳を見られたと思っていて気まずいのだろう。

「伯爵、これお返しします。勝手に持っていってしまい申し訳ありませんでした。」

手帳を差し出して謝罪する。
伯爵はそれを左手でぎこちなく受け取った。

「その、中は……見たか?」

低い声で聞かれてすこしたじろぐ。
勝手に読んだと言ったらきっと不愉快にさせるだろう。でも嘘はつきたくなかった。

「すみません。読んでしまいました。」

僕が言うと、伯爵は顔をしかめた。
怒りのせいかみるみる顔が赤くなる。

「お怒りはごもっともです。ですが、おかげで伯爵のお気持ちが分かりました。」

「ぐっ……いや、……そのだな、その……」

慌てた様子でもごもごしている。僕に辛辣な言葉がバレてあせってんだろうか。
見た目は怖いけど、やっぱり結構人がいいよな。

「伯爵が幻滅された通り、僕は恋の演技が下手くそです。」

「……む?」

「正直、目が醒める思いでした。確かにこれまでも僕の演技を酷評する声はありました。でも、気にする割には本気でなんとかしようって気はなくて、世間の評判が正解だってどっかで思ってました。」

「むむ?」

「けど、ずっと観てくれていた貴方が観たくないと言うのなら、それが正しいんだと思います。僕はこの事に真剣に向き合うことから逃げていた。」

「む、いや……あ、あれは……」

「だから、僕にチャンスをください。次の公演また恋愛ものなんです。そこで貴方に、僕が相手役に恋する最高の演技を観てもらいたい。」

「む、むむ……。」

「お願いします。なのでどうか、お芝居に出る許可を下さい。そして僕の恋のお芝居を見て下さい。」

「……駄目だ。」

「頼みます!僕、本当に相手の男に心底惚れ込む様を貴方の前でぶちかましてみせますから!」

「嫌がらせか!?手帳を読んだ上で、君が他の男に惚れる様を俺に観ろと?」

「そうです!僕は役者としてもう妥協しません。」

僕は胸を張って答えた。熱意が伝っただろうか。

「………………そうか。君の考えはわかった。」

「じゃあ僕、お芝居出てもいいんですか?」

「……駄目だ。君は私の妻だ。勝手な事は許さない。」

「そんな……。」

伯爵の顔が見た中で一番に険しくなってる。
横を向いて目線を合わせてもくれない。
なんで?
僕は伯爵に僕の演技を見直して欲しいのに。

「あの、旦那様……」

ずっと脇で控えていたルパートさんが仲裁に入ってくれようとする。

「うるさい。お前は黙ってろルパート。」

なのに話も聞かずに伯爵が制した。

「る、ルパートさんに酷いこと言わないで下さい!」

「奥様、今旦那様は醜い嫉妬でだだっこになってるのでそれは逆効果です。」

嫉妬?何に?

「っルパート……」

「失礼いたしました。自覚したら冷静になるかと思い。」

伯爵は自由な手で顔を覆ってため息を吐いた。
怒りのせいかその顔は耳まで真っ赤になっている。

「悪かった、ルパート。食事は別々にしてくれ。」

「奥様もそうされたいですか?」

そう聞かれて、考える。言われたとおりこのまま伯爵と別れるのは違う気がした。

「いえ、ここで食べます。喧嘩分かれしたいわけじゃないので。」

こうなったら何としても伯爵にまた僕の演技を観てもらいたい。
先に伯爵の食事を手伝おうとベッドに腰掛けた。

伯爵はそんな僕を少し目を見張って見つめ、バツが悪そうにした後小さな声で言った。

「その、さっきは一方的な言い方をしてすまなかった。」

「いえ、大丈夫です。」

「子供みたいなことを言っているのは分かっている。でも俺は、演技でも見たくないんだ。」

ベッドに突いた僕の手に伯爵の手が重なる。
おっきくて暖かい手だ。

「君が、他の男に恋しているところなんて。」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悩める文官のひとりごと

きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。 そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。 エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。 ムーンライト様にも掲載しております。 

平凡な男子高校生が、素敵な、ある意味必然的な運命をつかむお話。

しゅ
BL
平凡な男子高校生が、非凡な男子高校生にベタベタで甘々に可愛がられて、ただただ幸せになる話です。 基本主人公目線で進行しますが、1部友人達の目線になることがあります。 一部ファンタジー。基本ありきたりな話です。 それでも宜しければどうぞ。

学園の俺様と、辺境地の僕

そらうみ
BL
この国の三大貴族の一つであるルーン・ホワイトが、何故か僕に構ってくる。学園生活を平穏に過ごしたいだけなのに、ルーンのせいで僕は皆の注目の的となってしまった。卒業すれば関わることもなくなるのに、ルーンは一体…何を考えているんだ? 【全12話になります。よろしくお願いします。】

ハイスペックストーカーに追われています

たかつきよしき
BL
祐樹は美少女顔負けの美貌で、朝の通勤ラッシュアワーを、女性専用車両に乗ることで回避していた。しかし、そんなことをしたバチなのか、ハイスペック男子の昌磨に一目惚れされて求愛をうける。男に告白されるなんて、冗談じゃねぇ!!と思ったが、この昌磨という男なかなかのハイスペック。利用できる!と、判断して、近づいたのが失敗の始まり。とある切っ掛けで、男だとバラしても昌磨の愛は諦めることを知らず、ハイスペックぶりをフルに活用して迫ってくる!! と言うタイトル通りの内容。前半は笑ってもらえたらなぁと言う気持ちで、後半はシリアスにBLらしく萌えると感じて頂けるように書きました。 完結しました。

光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。

みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。 生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。 何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。

闇を照らす愛

モカ
BL
いつも満たされていなかった。僕の中身は空っぽだ。 与えられていないから、与えることもできなくて。結局いつまで経っても満たされないまま。 どれほど渇望しても手に入らないから、手に入れることを諦めた。 抜け殻のままでも生きていけてしまう。…こんな意味のない人生は、早く終わらないかなぁ。

今夜のご飯も一緒に食べよう~ある日突然やってきたヒゲの熊男はまさかのスパダリでした~

松本尚生
BL
瞬は失恋して職と住み処を失い、小さなワンルームから弁当屋のバイトに通っている。 ある日瞬が帰ると、「誠~~~!」と背後からヒゲの熊男が襲いかかる。「誠って誰!?」上がりこんだ熊は大量の食材を持っていた。瞬は困り果てながら調理する。瞬が「『誠さん』って恋人?」と尋ねると、彼はふふっと笑って瞬を抱きしめ――。 恋なんてコリゴリの瞬と、正体不明のスパダリ熊男=伸幸のお部屋グルメの顛末。 伸幸の持ちこむ謎の食材と、それらをテキパキとさばいていく瞬のかけ合いもお楽しみください。

キンモクセイは夏の記憶とともに

広崎之斗
BL
弟みたいで好きだった年下αに、外堀を埋められてしまい意を決して番になるまでの物語。 小山悠人は大学入学を機に上京し、それから実家には帰っていなかった。 田舎故にΩであることに対する風当たりに我慢できなかったからだ。 そして10年の月日が流れたある日、年下で幼なじみの六條純一が突然悠人の前に現われる。 純一はずっと好きだったと告白し、10年越しの想いを伝える。 しかし純一はαであり、立派に仕事もしていて、なにより見た目だって良い。 「俺になんてもったいない!」 素直になれない年下Ωと、執着系年下αを取り巻く人達との、ハッピーエンドまでの物語。 性描写のある話は【※】をつけていきます。

処理中です...