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出会い編

12, 愚者の贈り物

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「だから2m以内に近づかないでくださいねって申し上げましたのに。」

研究室に籠城かました伯爵をどうにも出来ず、またフリフリの部屋に戻ってルパートさんの小言を聞く。

「すみません。馴れ馴れしく近づいて不快に思わせてしまったようで……。」

「違いますよ。奥様にお会いしていっぱいいっぱいになってしまったんですよ。」

「内気な方なんですか?」

「いえ、そういう訳ではないんですが……」

ルパートさんが語尾を濁す。
そうか。自分が仕える当主が内気とか人が苦手なんて言いづらいよな。

自分の右手の指先に視線を落とした。
さっき伯爵にキスされた感触を思い出す。
外では大体営業を兼ねて女装してるし、その時は会った人に挨拶でキスされることもある。
でも、この素の姿の時にあんな風に触られたのは初めてかもしれない。
そう思うと何だか落ち着かない気分になった。

男の姿で来たのはその方が話がしやすいだろうと思ったからなんだけど、一体伯爵はどういうつもりで僕の手にキスなんてしたんだろう。
貴族のマナー?男同士でも挨拶で手にキスするものなの?宮廷で見かけたことはないけど、男性しかいない場には行けなかったからな。
あっ、そんな習慣が貴族にあるなら次の舞台の演出で考慮しないと……

「……奥様、それでよろしいですね?」

「はい……?」

「かしこまりました。」

しまった、考え事に気を取られててルパートさんの話聞いてなかった。

「えっと、何の話でしょう?」

「今日は旦那様もうダメだと思うので、明日仕切り直しでも?」

「あっ、じゃあ明日また来ます。場所も覚えたし自分で来るので迎えは不要です。」

「来る?奥様のお家はここですよ?貴方はリリック伯爵夫人でいらっしゃいますから。他所に住むのは旦那様の許可がないと……。」

「それも貴族典範ですか?」

「左様でございます。」

「最悪な法律ですね……。」

そんなのが今時残ってるなんてどうかしてるよ。
追放された後がこんなに不自由だなんて聞いてない。エドヴァル様、分かってて黙ってたんじゃないだろうな!?

深いため息がでた。けど、法律なんて調べたらわかるんだから人に任せきりで迂闊に結婚してしまった自分の落ち度でもあるよな。

今下手に動いて逮捕されたら舞台どころじゃない。
ただでさえ旬を逃さないためって信じられないくらい短い準備期間での公演なのに。

「分かりました。でも、何の用意もしてません。肌のお手入れとかあるし、稽古もしないといけないし……。」

今日の手荷物なんて財布と台本くらいだ。
流石に舞台前だから、毎日のスキンケアはしておきたい。大きなニキビや隈なんて出来たら化粧でも誤魔化せないからね。

「ご心配いりません。奥様御用達の日用品は全てご用意してございますよ。お洋服も、男性ものと女性ものをそれぞれ用意してございます。」

「は?どういう……。」

「サイズは合わせてありますが、デザインや着心地などございましたら直しますので何なりとお知らせください。」

ルパートさんがにっこり笑って言った。

「待ってください!僕が使ってるもの?」

「左様でございます。ジュリーのお化粧品に、キャネルのお香水でお変わりないですよね?サイズも宮廷で最後に仕立てたドレスに合わせてありますので概ね大丈夫かと。」

「な、何でそれを知って……」

「?宮廷でお使いの物は全て旦那様からお送りしていましたでしょう?ご存知なかったですか?」

きょとんとした顔で見つめられる。
ないないない!エドヴァル様が用意してたんだと思ってた!!

嫌な奴を装うために贅沢してる方がいいってことで、結構高いものじゃんじゃん頼んでたんだけど!?
エドヴァル様の計画の必要経費だと思ったから遠慮してなかったのに、なんで何も関係ないリリック伯爵がそれを買ってるわけ……?

「サイズって、まさかドレスも……?」

「はい。もちろん。奥様のご生活の面倒を見るのが旦那様の務めですから。」

な、なんだって……。服は僕に対する報酬じゃなかったのか?エドヴァル様……自分では僕のした事に何も返してなかったってこと?
なのにさも自分が出してるような顔して、あの野郎どういうつもりで!?

「奥様?」

「え、あの、すみませんが、用意いただいたものは使えません。それは宮廷にいたから使ってただけで、普段は市場で売ってる安物使ってるんです。」

「そうでしたか……思い至らず申し訳ございませんっ!」

ルパートさんが慌ててすまなさそうに頭を下げた。

「あ、あの!貴方が謝ることじゃないです。僕、これ以上伯爵に借りは作れません。だから使わないんです。今まで頂いた分も、残ってるものはお返ししますし、返せないものは弁償するので。」

やっぱり返さなきゃだよなぁ。
あれ、何か忘れてる気が……?

「奥様、申し訳ありませんがその話は私は承れません。どうか旦那様として下さいまし。」

「はい。」

「ありがとうございます。それと今日はこちらでお過ごしいただけますね?」

ルパートさんにそう言われて、散々お金を使わせてしまった負い目から断れずその日は泊まる事にした。
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