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出会い編

9, 或る昼の出来事

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伝統的に、王宮に上がれるのは貴族だけだ。
そして公式愛妾になれるのは既婚者だけである。

僕の場合平民で独身だったから、条件を満たすお膳立てを全部エドヴァル様にしてもらった。

貴族の位は一代限りの子爵位を賜った。
そしてエドヴァル様が決めた相手、リリック伯爵と書類上だけの結婚をした。

なので、僕は夫であるジョン・バティスト・リリック伯爵のことを顔すら見たことがない。
今の今まで存在を忘れていたくらいだ。

そのリリック伯爵の使者を、簡素な応接室に通して向かい合わせに座る。
隣には同席を求められたガロ座長もいた。

「奥様、初めてお目にかかります。私、リリック伯爵の秘書ルパート・ゲイルと申します。ご挨拶が遅れ大変恐縮でございます。」

礼儀正しく柔和な感じの青年が丁寧に挨拶してくれる。
今年22歳になる僕よりいくらか年上くらいだろうか。

「あ、あの奥様はやめて下さい。」

「何故そんな事が出来ましょう。貴方は紛れもなくリリック伯爵家の奥方様でございますのに。」

いやいやいや、偽装じゃん。
じとっと見つめると、縁のないメガネの奥の瞳がゆったり細められた。
敵意がある感じはしないけど……。

「おいルネ、一体こりゃどういうことだ?」

座長がコソコソ聞いてくる。
僕は首を傾げた。
そんなんこっちが知りたい。

「奥様が王宮のお勤めを終えられても中々お戻りにならないのでお迎えに参りました。旦那様がご心配されておりますよ。」

「あの、何かの間違いでは?僕は出仕するために表向き結婚しただけですし、それが終わったんだからきっとジルバルド様あたりが離婚手続きを……。」

「そのような話はとんと伺っておりません。」

「じゃあ、今から離婚します。短い間ですがご協力ありがとうございました。リリック伯爵にもよろしくお伝えください。」

ペコリと頭を下げる。

「困りましたねぇ。」

ルパートさんがほぅっ、と大きなため息をついた。

「困る?」

「リリック家の家名を汚しますので、そう簡単に離婚をするなど旦那様は許さないでしょう。」

「え、いやじゃあなんで僕と結婚なんか……」

「それは旦那様の決めた事ですので、私にはわかりかねます。」

「そんな……」

「まあいいじゃねぇか。しねぇっつうならそれでもよ。減るもんじゃなし。でもルネは伯爵んとこにゃ行かねぇですよ。こいつはまたここで役者やるんでね。」

座長の言葉に僕も首を縦に降る。
ルパートさんが更に困ったように眉を下げた。

「ルネ様、貴方は伯爵夫人なのですよ。旦那様の許可なくそんな事をすれば、刑罰の対象になります。」

「けっ刑罰!?」

「ご存知ないのですか?貴族の妻が夫の許可なく働くのは、貴族典範に違反します。」

は!?なっなっ何だその理不尽な法律!?

横を見ればガロ座長もあんぐり口を開けている。

「貴方が犯罪行為で裁かれたら、この劇団へも影響が出るのでは?」

そんなとんでもない法律が貴族の間でまかり通るのは謎でしかないけど、そう言われると否定しきれない。
本当ならやっぱり先に離婚しないと。

「分かりました。僕、リリック伯爵に会って直接説明します。」

とにかく、何か誤解があるんだと思う。
向こうだって浮気しに王宮に行って素行不良で追い出された妻といつまでも結婚していたいはずがない。

公演準備で人一倍忙しいくせについていくと言う座長をなんとか宥めて、僕は久々に男性の外出着に着替えると一人迎えの馬車に乗り込んだ。
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