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出会い編
8, ラ・フォヴォリートの憂鬱
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僕がカペラ座に戻って1週間。
来月末に控えた新作公演の準備が早速進んでいた。
資金はノクフォル商会からの追加融資と、僕が持ち帰ったドレスについていた宝石を売ってなんとか工面出来たみたい。
「は~。やっぱ衣装合わせっていいよねぇ。」
修道女の衣装を着つけてもらい、鏡の前に立つ。
次の新作の主人公が最後に着る衣装だ。
「王宮でもっと綺麗な服いっぱい着てたでしょうに。」
衣装係のアマンダさんが呆れたように言って笑う。
「わけが違うよ。だってあそこではどんな服着たって僕はルネ・リリックだったもの。」
こうして役の衣装に身を包むと、その役が自分に会いにきてくれたような気持ちになる。
よりリアルに登場人物のことを感じられるのだ。
シナリオと衣装、それさえあれば、どこの誰の子かもわからない捨て子だった僕でも何にだってなれる。
そうしていればいつか、自分にぴったりの役どころが見つかるんじゃ無いだろうか。
ずっとそう思って舞台に立ってきた。
「サイズは大丈夫そうね。死ぬシーン用にあと1着作ってボロボロに加工するから、またその時試着お願いね。」
「うん。ねぇ、しばらくこれ着てていい?稽古したい。」
「いいけど、汚さないでよ?」
「うん。」
アマンダさんが稽古室を去った後、今回の主人公になりきって表情を作ったり歩いてみる。
次の公演タイトルは『陛下のお気に入り』という北方の国シューヴェンの王様の愛人が主人公の物語だ。
あらすじはこう。
その国の地方領主の娘レオノールは、密かに修道士のバルドーと恋に落ちるが旅の途中で領主の屋敷を訪ねた国王に見初められ泣く泣く愛人として宮廷にあがる。
そこで彼女は気持ちを隠して健気に王に尽くすが、大臣の陰謀に巻き込まれて敵国のスパイの疑いをかけられ追放されてしまう。
行き場をなくした彼女は冬の寒空の下修道女に扮して三日三晩歩き続け、バルドーがいる修道院に辿り着く。
そこで彼女を見つけたバルドーに残った力を振り絞り愛を伝え、愛しい男の腕の中で事切れるのだった。
うん。今の僕が愛妾役をやるっていう話題性と僕の当り役を足して二で割ったようなシナリオだ。
これはきっとウケるに違いない。
ガロ座長のこの辺のセンスは本当凄いんだよな。
ちょっと金銭感覚が鈍いとういか、損得勘定が苦手なだけで……。
にしてもまーた恋で死んじゃう女の人の役かぁ。
そりゃ冬のシューヴェンで薄着で3日歩き続ければ凍え死ぬよ。
そうまでして会いたいってどんな気持ち?
会えたらどんな表情になるんだろう。
考えても衰弱して死にそうな顔しか浮かばない。
鏡を覗き込んでまたいくつか表情を作ってみる。
どれもピンと来ない。
もし僕が本当にエドヴァル様に愛されていたら何か分かったんだろうか。
そう思うとなぜか胸がギュッとした。
けどそれだけ。
「あー。また薄っぺらって書かれちゃうのかなぁ……。」
褒めてくれた言葉はその何倍もあるのに、どうして意地悪な評論の方がずっと気になるんだろ。
ゴンゴン鏡に額をぶつける。
「ルネ……って何してるんだお前。」
稽古室に入ってきたガロ座長がギョッとしている。
「……役作り……。」
変なところを見られてしまって恥ずかしいから適当にごまかした。
「そんなシーンないだろ。万一割れて顔に傷がついたらどうすんだ。」
「ごめん。気をつける。何か用?この部屋まだ僕の予約時間中のはずだけど……。」
「客だよ。」
「お客様?僕に?」
「ああ。……リリック伯爵家の使者だってよ。」
その意外すぎる来客に、僕は目を丸くして座長は肩を竦めた。
来月末に控えた新作公演の準備が早速進んでいた。
資金はノクフォル商会からの追加融資と、僕が持ち帰ったドレスについていた宝石を売ってなんとか工面出来たみたい。
「は~。やっぱ衣装合わせっていいよねぇ。」
修道女の衣装を着つけてもらい、鏡の前に立つ。
次の新作の主人公が最後に着る衣装だ。
「王宮でもっと綺麗な服いっぱい着てたでしょうに。」
衣装係のアマンダさんが呆れたように言って笑う。
「わけが違うよ。だってあそこではどんな服着たって僕はルネ・リリックだったもの。」
こうして役の衣装に身を包むと、その役が自分に会いにきてくれたような気持ちになる。
よりリアルに登場人物のことを感じられるのだ。
シナリオと衣装、それさえあれば、どこの誰の子かもわからない捨て子だった僕でも何にだってなれる。
そうしていればいつか、自分にぴったりの役どころが見つかるんじゃ無いだろうか。
ずっとそう思って舞台に立ってきた。
「サイズは大丈夫そうね。死ぬシーン用にあと1着作ってボロボロに加工するから、またその時試着お願いね。」
「うん。ねぇ、しばらくこれ着てていい?稽古したい。」
「いいけど、汚さないでよ?」
「うん。」
アマンダさんが稽古室を去った後、今回の主人公になりきって表情を作ったり歩いてみる。
次の公演タイトルは『陛下のお気に入り』という北方の国シューヴェンの王様の愛人が主人公の物語だ。
あらすじはこう。
その国の地方領主の娘レオノールは、密かに修道士のバルドーと恋に落ちるが旅の途中で領主の屋敷を訪ねた国王に見初められ泣く泣く愛人として宮廷にあがる。
そこで彼女は気持ちを隠して健気に王に尽くすが、大臣の陰謀に巻き込まれて敵国のスパイの疑いをかけられ追放されてしまう。
行き場をなくした彼女は冬の寒空の下修道女に扮して三日三晩歩き続け、バルドーがいる修道院に辿り着く。
そこで彼女を見つけたバルドーに残った力を振り絞り愛を伝え、愛しい男の腕の中で事切れるのだった。
うん。今の僕が愛妾役をやるっていう話題性と僕の当り役を足して二で割ったようなシナリオだ。
これはきっとウケるに違いない。
ガロ座長のこの辺のセンスは本当凄いんだよな。
ちょっと金銭感覚が鈍いとういか、損得勘定が苦手なだけで……。
にしてもまーた恋で死んじゃう女の人の役かぁ。
そりゃ冬のシューヴェンで薄着で3日歩き続ければ凍え死ぬよ。
そうまでして会いたいってどんな気持ち?
会えたらどんな表情になるんだろう。
考えても衰弱して死にそうな顔しか浮かばない。
鏡を覗き込んでまたいくつか表情を作ってみる。
どれもピンと来ない。
もし僕が本当にエドヴァル様に愛されていたら何か分かったんだろうか。
そう思うとなぜか胸がギュッとした。
けどそれだけ。
「あー。また薄っぺらって書かれちゃうのかなぁ……。」
褒めてくれた言葉はその何倍もあるのに、どうして意地悪な評論の方がずっと気になるんだろ。
ゴンゴン鏡に額をぶつける。
「ルネ……って何してるんだお前。」
稽古室に入ってきたガロ座長がギョッとしている。
「……役作り……。」
変なところを見られてしまって恥ずかしいから適当にごまかした。
「そんなシーンないだろ。万一割れて顔に傷がついたらどうすんだ。」
「ごめん。気をつける。何か用?この部屋まだ僕の予約時間中のはずだけど……。」
「客だよ。」
「お客様?僕に?」
「ああ。……リリック伯爵家の使者だってよ。」
その意外すぎる来客に、僕は目を丸くして座長は肩を竦めた。
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