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闇夜の星

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魔の森と山脈に囲まれたトホスマ・スダ国。
トホスマ・スダ国にはドラゴンが住む渓谷がいくつもある。その中の一番東に有る大きな渓谷がシェルが住んでいるドラゴンの谷だ。
ロモソルーンの故郷というわけではない。
ロモソルーンは卵の時にあまりにも長い間ゴブリンの巣穴に置かれていたせいで、本来生まれる筈の姿と大きく外れた姿で卵から孵った。
全身の鱗が一枚残らず真っ黒なのだ。
墨に漆を塗った様な艶の有る鱗は光が当たるとキラキラと反射してまるで満天の星空を集めて出来ているみたいだ。
そんな色のドラゴンはロモソルーン以外世界の何処にも居ない。本来の色は最早全く分からない。
おまけにシェルの与えた魔力で生まれたロモソルーンには親の魔力の痕跡は殆ど残っておらず、辛うじてトホスマ・スダ国のドラゴンだという事が判っただけで親は誰だか結局判らなかったのだ。
ドラゴン王と各谷の取り締まり役である序列と言われるドラゴンが会議した結果。
東の端の渓谷の預りとなった。

ロモソルーンがこの渓谷に来てからというもの、只でさえ日々繰り返される魔物との戦いで剣と魔物の牙がぶつかる音が響かない日が珍しいこの谷が更に賑やかになった。
ロモソルーンは相当なやんちゃ小僧タイプの雄のドラゴンだったのだ。
着いたその日に序列一位の渓谷のまとめ役メリスの世話係の一人、ダムドを泉に投げ落とした話は今でも谷の大人達の酒の席の肴である。
シェルの側を片時も離れず、手を妬かされている。
そう、現在進行形なのだ。

卵から孵ったばかりの頃はシェルの腕のなかにスッポリ収まる大きさだったロモソルーンも5年の月日を経て今や馬三頭合わせた位の大きさにまで成長していた。
が、性格は相変わらずの相当ないたずらっ子で甘えッ子、今日もロモソルーンは朝の市に食料を買いに行くシェルにまとわり着きながら一緒に市をめぐっている。
シェルの肩に顎を乗せたり背中まで伸ばした黒髪を軽く吹いて散らしてみたり。
季節の花を髪にからめて、ためつすがめつ眺めてみたり、かと思えばシェルの髪を細くして軽く咥えてみたり、実に落ち着きがない。
まるで子猫の様にじゃれている。
ロモソルーンは自分の鱗と同じ色のシェルの髪が生まれた時からの大のお気に入りだった。
シェルの方もこれも5年続けば慣れたモノで、髪をいたずらする位はもはや好きにさせていた。
気を良くしたロモソルーンは歌う様にクルクルと喉を鳴らしながらシェルの後ろを着いていっている。

長い時には1000年もの時を生きるといわれているドラゴンの一生の中で、彼らが幼獣こどもでいられる期間は非常に短い。
個体差で5、6年の開きも有るがだいたい10年で体は成獣となる。
5歳ともなれば人間でいう所の17、8歳と同じくらいで、雄のドラゴンは若さを武器に一日中同年代のドラゴンと一緒に狩りに明け暮れているのが普通だ。
ところがロモソルーンときたら狩りに出るのは七日に一日か二日、それも半日で帰ってきてしまう。
魔物の襲撃など有事の時はもちろん成獣顔負けの戦果を挙げるが、それ以外は日がなシェルの周りをひたすらウロチョロして片時も離れない。
シェルが友達に誘われて食事に行く時ですら・・・、いやそんな時こそ絶対に張り付いて離れない執着ぶりだ。
そのサマはまるで人間の3歳児。
以前、シェルにほのかに思いを寄せかけた谷の少女がいたがその少女が近寄ろうものなら物凄い剣幕で威嚇してシェルが彼女の思いに気が付く前に追い払ってしまった。
姫の護衛か従者じゃあるまいし、かわいそうにおかげでシェルは恋人いない歴イコール年齢の記録を順調に伸ばしている。
シェルは男の自分が世話をしているのが原因でロモソルーンの成長が遅れているのではないかと内心不安に駆られながらも、自分にだけ特別懐くロモソルーンが可愛くて仕方なく突き放すなんて事は出来ないでいる。
女には成れないが、人間の赤子の様に乳が必要なワケでなし、せめて実の母の様に愛情たっぷりに接しようと世話係に決まった時からシェルは心に決めていた。
家族の居ない不安や寂しさはシェルだって知っている。
生まれた時から独りぼっちのロモソルーンに、せめて他のドラゴンの誰にも負けない位の愛情を与えてあげたいと思っている。

「ロモソルーン、朝ごはんは何食べたい?紫大山羊の足とか美味しそうじゃない?」
「ぐるぁっ」
ロモソルーンが賛成の鳴き声を上げると。
「どれにする?」
とシェルが聞くとロモソルーンがちょっと首を傾げて紫大山羊の足の山を眺めてから。
見事に一番新鮮な足を三本選んでシェルの引く荷台に乗せた。
店の主人のアリサは声をあげて笑う。
「あはははっ毎度!ロモソルーン様には叶わないわ一番良いやつ持ってかれちゃった。本当、大した目利きだよ」
「えへへ、いつもありがとうございます。アリサさん。」
「クルァッ、クルルルルッ。ルァルァ」
褒められたロモソルーンが嬉しそうにシェルに頬擦りをした。
ドラゴンは知性は人間以上だが、言葉が通じる様になるには体だけでなく心が成長する必要がある。
親離れの「お」の字も始まっていないロモソルーンとはまだ言葉が通じるわけではない、分からないながらもロモソルーンが褒められた事をシェルに誇っているんだと察したシェルは素直にロモソルーンを更に褒めた。
「あぁ、そうだねロモソルーンさすがだよ」
「クルクルッ。ルァルァ」
調子にのってさらに頬をこすり付ける。
「もう、甘えん坊さんだなぁ。はいはい、大好きだよロモソルーン」
「ルァルァ」
「相変わらず、仲がいいねぇ。ウチも今日帰って来たら好物の黒ウサギのシチューでも作ってやろうかね!あはははは」
いつもの事ながら二人の仲の良さにアリサは若干頬を染めながら言う
「あ、すいません店先で、又来ます。息子さんによろしくお伝え下さい」
「あはははは!やだようシェルも言うようになったねぇ!あいよう!ごひいきに!」
朝昼の食材を山盛り仕入れてシェル達は自分たちの住処に帰って行った。
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