魔獣の姫に黒の騎士

鈴紐屋 小説:恋川春撒 絵・漫画:せつ

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魔獣の姫に黒の騎士2

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仕事を早めに切り上げて、久しぶりに一人街へ繰り出したサナリアは、初冬の夕闇の街の中、大荷物を抱えてフラフラとしながらウロボロスへの帰路についていた。
出かけたついでに行きつけの居酒屋で少し早い夕飯を済ませ、気持ち程度だが酒も少し引っ掛けて気分は上々だった。
大分回復したとは言え、最近すっかり重い物は勝手にリリィが持ってくれる様になってしまった所為で、以前は何とも思わなかった量の荷物がやたら重く思えた。
街の自警団とウロボロス騎士団の活躍で、ウロボロス周辺の街はかなり治安が良くなり、もう直ぐ日が暮れると言うのに帰路を急ぐ街の住民は殆ど居なくなった。
以前は日が傾く前に家路に着くのが当たり前の所だったのに・・・。
街に移り住んで来た難民の殆どが、異種党同士のカップルの駆け落ちや家族だった為か、この街ではやたら仲の良いペアや家族が多い。
周囲を見渡せば、一人で歩いているのは自分だけだった。
その光景に、ふっと唇が緩んだ。
『平和な光景だ。』
それは、幼い頃からサナリアが思い描いていた理想の様な光景だった。
一人歩きの者が居ないという事は、まだまだ改善の余地が有るという事では有るが、一年前とは雲泥の差の光景だった。
今はウロボロス周辺だけの光景だが、きっとその内グイネバルド全体がこんな優しい風景の広がる国になる。種は撒いた。夢という形で・・・。
花を咲かせる土壌は、先達が整えてくれていた。
でなければ、いくらウロボロス周辺とは言え、一年にも満たない短期間でこんな平和な光景が見られるワケが無いのだ。
命の危険を喜ぶ人間なんて居ない、もし望んでいるとしたら、それは理解出来ていないだけのだとサナリアは考えている。命を失うという事の恐ろしさを、魂を踏みにじられる絶望を、そこから生まれる憤怒の恐ろしさや危うさを。
少しずつで良い、人が死なないのが一番良い、いつか全ての人が安心して暮らせる世界がきっと出来ると信じて自分達は前に進むのだ。
分かっている、これは綺麗事だ。
それの何処が悪いとサナリアは思う。理想が有るから、人はそこを目指すのだ。
憧れがあるから必死にそこに向かって歩みを進めるのだ。
日々のクリアしなければならない事は簡単な物が良い、しかし遠く目指す指針は、夢物語でも良いと思っている。
子供の寝物語に聞かせる様な、大団円のおとぎ話の結末の様な幸せな物が良い、現実が厳しいなんて皆知っているのだから。
ツラツラとそんな事を考えている内に夜の闇が大分濃くなってきた。
明日、雨でも降るのか、山から冷気が下りて来たのか亜熱帯地気候の土地柄であるグイネバルドにしては今日は寒い、サナリアは荷物を抱え直してウロボロスの自分の部屋へと足を急がせた。
「帰ったらもう一杯位飲もう・・・。」
珍しく独り言が口を着いた。
笑った様な形をした三日月だけがサナリアの背中を見守っていた。

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