魔獣の姫に黒の騎士

鈴紐屋 小説:恋川春撒 絵・漫画:せつ

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王子と騎士1

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自分の選んだ相手に、自分の剣に両足を乗せさせる。
それは、亡国ラメシャンの騎士が例え王の前であっても、処刑台の上であっても、場所を選ばず行う事が許された特権だった。
その位神聖視されていた儀式だった。
少女達はお伽噺に憧れ、いつか愛する男にその剣を差し出される事を夢見て心をときめかせ、少年達はいつか騎士になったら美しい姫君や国王に剣を捧げる事を夢に見た。
実際は殆どそんな儀式は行われず、希に国王の近衛騎士が生涯独身を貫く為の足枷として国王へ誓いを申し入れたり、自称騎士の罪人が、己の処刑の直前にどこぞの娼婦や何かに死ぬ理由欲しさに捧げる位だった。
この儀式の意味は、忠誠とか命を捧げるとかそんなありきたりの誓いでは無い。
どこの世界でも、騎士にとっての武器は特別な物だ、彼らはこれに全てをかけて戦っている。
命も、プライドも、心も体も、剣に預けて戦場で戦っている。剣は騎士にとって己の尊厳そのものと言って良いだろう。
その、普段自分の頭でさえ上に置かないそれを、両足で踏ませるのだ。
並大抵の誓いではない事は想像に難くない。
誓いの儀式は正式名を『神の選抜』と言っていたが、もう一つ呼び名が有った。
別名『魂の隷従』と言われていた。
誓いは、剣を差し出された相手が、しっかりと両足でその剣を踏みつけ、その足に騎士が口付けると成立した事になる。しかし、この誓いは子供達が憧れる様なロマンチックな物では無い。
何せこの誓いは、立てたが最後、捧げた相手がもし、「騎士を辞めて」と言ったら辞めなければいけなくなるし、「死ね」と言ったら死ぬ、『あなたの家族を殺して』と言ったら殺すし『ソコの子供を殺して』と言ったら殺す。『くつの底を今すぐ舐めて』と言えば舐める。
別名を違わぬ、自主的な奴隷契約の様な物なのだ。
この誓いを行うという事は、自分の尊厳を相手に売り渡すに等しい。もちろん、誓いを捧げる騎士だって、そんな残酷な命令を下す相手を好き好んで選ぶ訳ではない。
故に、自分の神を自分で選ぶという意味を込めて、正式名称を『神の選抜』と名付けられていた。
捧げられる方も、そんな重い誓い、例え愛する人からの申し出であっても止めて欲しいと考えるのが普通なので、この儀式は滅多に成立する事は無かった。
誓いを最初に行ったのは、ラメシャンの初代王に仕えたと言われている伝説の騎士ゼムドという近衛騎士で、ゼムドは国王が己の剣に両足を乗せると、そのまま剣こと国王を持ち上げ、その足の裏に口づけをしたと記録で残されていて、正式手順はそれになる。最も、正式手順の誓いを立てるには実践で使う重い剣の上に人一人乗せて持ち上げねばならず、ソレが出きる騎士は限られる。
ガルゴは、今まさにその『神の選抜』をやろうと言っているのだ。
しかも、十中八九最も誓いの拘束力が強い正式な誓いの立て方で。
「馬鹿なんですか?貴方!」
サナリアは上ずった声でガルゴに言い放った。
「まぁ利口ではねぇよ。」
マスクの中で、多分怒っているであろうサナリアに、ガルゴはふんっと鼻を鳴らして言った。
「そういう事を言っている訳じゃないですよ。ソレがどんな物なのか分かっているんですか?!その辺にあるロマンティックな騎士の誓い何てお綺麗な物じゃ無いんですよ?!」
サナリアは目の前に置かれた剣を持ち主に戻そうとしたが、大剣二本は重すぎてサナリアの細い腕ではビクともしない。
「知っているさ。」
ガルゴは片手で剣を押さえながら言った。
サナリアが必死にガルゴの手を剣からどかそうとペシペシと手の甲を叩くがビクともしない。
「『魂の隷従』『神の選抜』その誓いを成立させた者同士の間には、特別な絆が生まれる誓いの儀式。調べるだろう、好いた相手の髪が赤い時点で、普通。」

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