魔獣の姫に黒の騎士

鈴紐屋 小説:恋川春撒 絵・漫画:せつ

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黒の騎士2

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昔、自分を施設から助け出してくれ、孤児院に連れて行かれるまでの少しの間保護してくれた、名も顔も、性別すら分からない一人の魔道士の匂いに似ていた。
生みの親との記憶が無いガルゴにとって、保護されて以来十数年、辛い事も多かったガルゴの人生の支えとなったのは、たった数日過ごした魔道士との記憶だった。
ただ、研究の為だけに獣人を無理やり番わせ作られた自分に、生まれて初めて情を掛けてくれた人。
猫科の獣人は幼少期非情に目が悪い、だから外見の記憶は無いに等しい、覚えているのは夕日の様な美しい紅。魔道士の服の色なのかカーテンの色なのかも分からないけど。
それから抱きしめてくれた華奢な腕の感触と、優しい声、薬草と何かの甘い匂い、かけてくれた優しい言葉。
分かっている、あれは孤独なガルゴを励ます為の魔道士の方便みたいな物だったのだろう。
そんな事は分かっている、それでも、それが全てウソだったとしても、それは確かに今までガルゴが挫けそうになった時、何度も支えてくれた大切な思い出だった。
今でも思い出しては重圧に負けそうになった自分を奮い立たせている。
おでこに優しくキスをくれた。
未だ幼獣期で栄養も足りてない為よろよろ歩きのガルゴを優しく抱き留めてくれた。
そうして何度も言ってくれたのだ。

「良い子だね、僕は君が大好きだよ。世界中の全ての人間が君の事が嫌いでも、僕はずっと君の事が大好きだよ。ねぇ・・・だからどうか・・・負けないで、生きて。」

高く澄んだ声だった。
サナリアも低い声ではないが、記憶の魔道士の声とは全く違う。第一記憶の魔道士がサナリアみたいな人間嫌いの不愛想なワケが無い。
年齢も合わない、ガルゴが保護された時にサナリアがいたという事はサナリアはガルゴよりだいぶ年上のハズだ。
だがサナリアは、素顔は見たことは無いがガルゴより年下に見える。サナリアがガルゴの探し人である事は先ずあり得ないだろう。
しかし、サナリアの研究室はガルゴにとって安心して眠れる場所な事には変わりなかった。
一息入れたサナリアがお茶を入れて飲んでいる音をまどろみの中聞きながら、ガルゴは満足げに大きく息を吐いた。
飲んだ事は無いが、いつも良い香りがする。香りをかいでいるだけでもなんだか心が安らいだ。
一昨日任務で心身共に疲れているガルゴはもう少しこの研究室に居座ろうと決めて覚醒しかけた意識を手放した。
寝こけるガルゴを『ッケ!』という顔をして見たサナリアの視線には気が着かなかった。
二時間後、出かけるというサナリアにソファーをけ飛ばされて起きるまで、ガルゴは今日も安眠を貪った。
ご機嫌で自分の自室に帰ると部下の第一騎士団飛行隊総隊長が山積みの書類と共に待っていた。
ガルゴを見るなり目を見開いて、溜息交じりに言った。
「また、『魔獣の姫』の所ですか?」
「・・・・・なぜわかる。」
「分かりますよ、団長が平日なのに正装してるなんてアルテミナ研究員の所に行く時位じゃないですか、女ナンパする時ですらそんな事しなかったのに。・・・おまけに昨日まで酷い毛並みだったのにすっかり回復してるじゃないですか。」
「別に・・・服は何となくだな・・・アルテミナの部屋はいつも綺麗だから・・・・」
モゴモゴと言い訳するガルゴを見て、部下は呆れた顔で「自覚なしとか、重症フラグじゃないですか」と言った。
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