壊れた玩具と伝説の狼

春のススキと白い息１ー１２

アヤの表情は、冗談を言っている表情では無かった。
ザパリ、と、アヤが湯の中から前足だけ上がり、セイラに覆い被さった。
土砂降りの雨よりも大量の湯が落ちてきて、セイラを頭からビショビショにして行く。
セイラが思わず身をよじり、片手で落ちて来る湯を遮さえぎりながらアヤを見上げると、例の、青だか緑だかよく分からない色の光を宿したアヤの瞳と視線が合った。
アヤは憤いきどおっていた。
セイラの今まで経験してきた事を思うと、今のセイラの言動は無理からぬ事だ。
しかし、セイラは同じ口で同じ日に、『アヤの番になりたい』と言ったばかりなのだ。
(馬鹿セイラ！)
アヤは心の中で悪態を付き、感情が押さえきれずセイラに詰め寄った。
実に珍しい事だった。
アヤはいつも、一見、粗野でやぼったい口調でお道化て、呑気な姿勢を貫き怒りを表に出さない、それは、冷血漢だと思われない為のアヤの処世術なのだが、今は流石に自分の気持ちを抑えきれないでいた。
だってそうだろう、十三年だ。十三年、探しに探してやっと見つけた愛しい番いは、事あるごとにアヤに自分を殺せと要求して来るのだ。
つい先刻、やっと『番いになりたい』と言った傍からこれだ。
これが怒らずにいられるものか。
「『食べて』と、最初は言っていたな。どう食べて欲しい？何処から食べようか？手が良いか？足が良いか？獣は先ず腹から食べる物なんだがな」
そう言いながら、アヤはセイラの体のあちこちを歯形が付く程噛んで行った。
山の王が大きな獣の口で、勢いよくセイラの体のあちこちを噛んで行く、熊よりも大きな狼の口で何度も噛まれては、まだまだ華奢なセイラの体は人溜まりもなく翻弄されてしまう。