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序幕
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雲一つ無い満月の夜の事である。男が一人、広い部屋の中心に血まみれで立っていた。男は身長が優に3メートルを越えるほどの大男であった。全身に黒い鎧を着込んでおり、血と鎧が月の光を受けて鈍く輝いている。部屋は広く、きらびやかな装飾品で溢れており、天井はガラス張りとなっていた。男の背側に大きな扉があり、前にはシンプルではあるが優雅さを醸し出す椅子が1脚ある。男は椅子へ向けて歩きだした。1歩踏み出す毎に、鎧の隙間から鮮やかな血が、口から苦悶の吐息が吹き出した。椅子の前まで歩くと、男は崩れるようにそこに座り込んだ。椅子の上の天井は大理石のような石造りで、椅子の横には帳が平行に広がっていた。ほの暗いその椅子の上で、男は
「娘よ」
と言った。その声は、体つきに似合わない痩せ細った老人のように嗄れていた。すると、帳の裏の暗闇から1人の少女がゆっくりと姿を表し、震えた声で
「はい」
と返事をした。少女は深紅のドレスを身に纏っていたため、年より大人びて見えるが、まだ5、6歳といったところであった。
「私は、もう駄目なようだ。歳の割には頑張ったがな」
と男はか細く呟いた。少女は肩を震わせながら
「また私を1人にするの?」
と、震えた声で返した。
「善き隣人に恵まれなかった。さだめと言うには過酷だな。だが私は…」
と男が言い始めると、
「また私を1人にするの!」
と少女が遮った。孤独と悲痛に満ちた彼女の叫びに、男は拳を強く握り締めた。
「私の娘なら、わかるだろう。私は退けぬし逃げてはならぬのだ」
その一言に少女は目を見開き口を開いたが、やがてうつむき唇を噛んだ。
「君だけでも、生き残れ。そこの杖だけもって行け。それだけは、蛮族どもにくれてやるには惜しい」
男は部屋の隅に立て掛けられた1本の杖を震える手で指し示した。金や宝石で彩られてあるが、この部屋にある物にしては随分控え目な杖であった。少女が杖に手を伸ばした時、扉の外から何かが弾けるような音と大人数の男の怒声が響いた。
「どうにも時間が無いようだ。何も言わずにとにかく逃げろ」
男はそう言うと、椅子の肘おきの横付いてる宝石の一つにてを伸ばし軽く回した。すると、杖の近くの壁が音をたてて動き出した。現れた隠し扉は少女が這いつくばってようやく通れるほどしかなかった。少女は杖を握り締め、通路に体を押し込んだ。
「こんな父親ですまないな。君達を幸せにできなかった。」
鎧が擦れ、立ち上がるような音と共に少女の耳もとを男の声が流れていった。それと同時に扉は閉まり、大きな爆発音と無数の怒声が通路にこだました。少女は一瞬身をよじり、視線を下げ少し止まった。だが、絶望と不安、理不尽への怒りが彼女を前に進ませた。
「いつの日か。絶対に」
漏れ出した心の声に驚いた時、彼女の角と杖がぶつかり鈍い音が広がった。
「娘よ」
と言った。その声は、体つきに似合わない痩せ細った老人のように嗄れていた。すると、帳の裏の暗闇から1人の少女がゆっくりと姿を表し、震えた声で
「はい」
と返事をした。少女は深紅のドレスを身に纏っていたため、年より大人びて見えるが、まだ5、6歳といったところであった。
「私は、もう駄目なようだ。歳の割には頑張ったがな」
と男はか細く呟いた。少女は肩を震わせながら
「また私を1人にするの?」
と、震えた声で返した。
「善き隣人に恵まれなかった。さだめと言うには過酷だな。だが私は…」
と男が言い始めると、
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その一言に少女は目を見開き口を開いたが、やがてうつむき唇を噛んだ。
「君だけでも、生き残れ。そこの杖だけもって行け。それだけは、蛮族どもにくれてやるには惜しい」
男は部屋の隅に立て掛けられた1本の杖を震える手で指し示した。金や宝石で彩られてあるが、この部屋にある物にしては随分控え目な杖であった。少女が杖に手を伸ばした時、扉の外から何かが弾けるような音と大人数の男の怒声が響いた。
「どうにも時間が無いようだ。何も言わずにとにかく逃げろ」
男はそう言うと、椅子の肘おきの横付いてる宝石の一つにてを伸ばし軽く回した。すると、杖の近くの壁が音をたてて動き出した。現れた隠し扉は少女が這いつくばってようやく通れるほどしかなかった。少女は杖を握り締め、通路に体を押し込んだ。
「こんな父親ですまないな。君達を幸せにできなかった。」
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「いつの日か。絶対に」
漏れ出した心の声に驚いた時、彼女の角と杖がぶつかり鈍い音が広がった。
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