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第37話 強くないはない僕と弱いほうの騎士

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「仁はその茶髪の男をやれ。儂とこの娘で黒髪のほうをやる」

 リンがそれぞれの対戦相手を決めた。リンの読みではやはり先輩と呼ばれた男のほうが強いと考えているのだろう。それで弱い方の茶髪の騎士を対人戦の経験が浅い僕に倒せるようということだ。でもそれは正しい思う。黒髪の騎士は僕でかなう相手ではないのかもしれないのだから。

 だが僕たちに余裕はない。どちらかがやられた場合、残ったほうに加勢される。そうなれば確実に終わりだ。つまり僕は任され、託されたのだ。こいつを一人でなんとかしろと。自然と力が入る。

「ひひひ、それでいいんすか?自分にガキ一人でやらせて」
「それでよいのじゃ。仁は弱くない。そなたよりはな」
「はー、言うっすね。じゃあ…、先輩そういうことでお願いするっす」

 茶髪の男はリンの挑発のような言葉に目を鋭くした。そして茶髪の男は反対側に移動して、黒髪の男と挟み込むような形をとった。僕らを逃がすつもりはないようだ。僕はリンとフィリアの二人と背中合わせの状態になりながら、茶髪の男と向き合った。

「じゃあ俺も騎士の一人なんで、名乗っておくっす。パブロ・フレクト。お前を叩きのめす男の名っす。よろしく」

 パブロは上から目線で傲慢な表情を浮かべて名乗った。僕も彼に言い返すために名乗る。

「僕は仁だ。僕もお前を叩き潰す男だよ。奇遇だね、おじさん」
「ひひひ、ひひ」

 僕の言葉に彼は笑った。口だけで。目は笑っていない。

「いやー、仁くんは人のやる気を引き出すのがうまいっすね。褒めてあげるっす」
「…」

 彼は余裕そうである。僕はパブロと冷たい視線を交わした。自然と力が入る。そして合図もなく、僕らは戦いを始めた。

 僕はパブロに近づき、突きを繰り返す。それは大人顔負けの動きであった。しかしパブロも騎士を名乗るだけはある。パブロは僕の突きを全て弾く。そして僕の払いも平気な顔で受け止める。

「仁くん、これで全力っすか?もしかして後ろにいるお嬢さんとの戦闘でもうスタミナが切れてしまったっすか?」
「…」

 確かに僕はフィリアとの戦闘で消耗している。だがそれを煽るように言われてむかっとした。

 僕の槍とパブロの剣がぶつかり、力で押し合うと金属の擦れる音が伝わる。そして至近距離で睨み合う。僕とパブロの間に火花が生まれた。

「じゃあ、今度は自分の番っす!」

 パブロは僕に攻撃を開始した。それは騎士の剣術らしく、理にかなった効率的な剣筋をしていた。僕は防戦一方になる。彼の剣を弾き、受け止める。だがうまくはいかない。パブロにはフィリアのような力はないが、技術があった。小手先のような技術が。

 パブロは僕が守りに入ると、フェイントを多用した。まるで僕で遊んでいるようである。僕はそれに翻弄ほんろうされる。そして浅い傷をいくつもつけられる。僕が深い傷を負わないようにしているのもあるが、パブロが防御しずらいところを攻めて僕をいたぶろうとしているのである。

 僕の体から血が流れる。今はパブロの剣に集中しているため、はっきりと痛みを感じない。しかし体の所々がヒリヒリしている感覚を味わう。

 パブロはいい気分になっている。彼の表情でそれがわかる。とても騎士が浮かべていい表情ではない、愉悦を味わうような顔になっている。こんな軽薄そうなやつに、こういう顔をさせている自分が許せない。このままではいけない。僕は一手勝負に出ることにする。

「…パブロ、あんたの剣は軽いんだな。あんたらの言うところのガキであるフィリアより、僕よりも軽い。あんた本当に騎士なのか?」

 僕はこの状況であえて挑発をした。侮っている相手にされる挑発ほど我慢できないものはない。ましてパブロは騎士だ。プライドの高い男である。

 そして今、僕は防戦一方になっている。パブロの脳内に僕が攻撃に移るという選択肢はおそらくない。なので、痛い目に合わせてやろうと動作の大きい攻撃に出るに違いない。そこに隙が生まれる。

 パブロは僕の煽りを受けて、額に青筋を浮かべた。目が吊り上がる。

「ひひ。これだからガキは…。力で敵わないと見るや口が出る…」

 パブロは力む。そして喚く。

「死んでも同じことが言えるっすか!」

 パブロの態度が大きい分、パブロが増長している分、その歩幅は大きくなる。大きく剣を振る。

 僕はパブロが剣に体重を乗せるための一歩を出したタイミングで、僕も間合いを詰める一歩を踏み出す。それはパブロの頭にはない一歩。彼の思い描く未来にはない、彼の現実を否定するものである。

 僕は彼の剣を穂先で受け流す。剣と槍の穂先はぶつかり合いながら、僕は剣の軌道に合わせて穂先を引く。その勢いで、穂先の反対側にある石突が前に出る。そしてーー

「ぐわぁ!」

 僕の槍がパブロの顔面を思いっきり叩いき、パブロの顔を物理的に歪ませた。パブロの喉から声が漏れ、後ろにのけぞる。パブロのむかつく顔に一発食らわせて僕はスッキリした。

 パブロの顔が今度は怒りで歪む。

「はー、もういいっす。…許さないっす」

 そして軽い言葉を吐いた。だがその言葉に反し、吐いた息は重い。彼もさすがに痛い目を見て、本気になったようだ。彼は血走った目で突っ込んでくる。

 彼の剣の一振り一振りが先程よりも重い。それでいてフェイントのキレも増している。僕は追い込まれる。そして彼の剣が鋭くなった分だけ、僕の傷が深くなる。痛みが増す。多少はアドレナリンが出ているようでまだ動けるが、それでも痛覚は体に受けた傷を誤魔化さない。

「ひ、ひひ、ひひひ」

 パブロの笑い声が漏れる。そしてとうとう左肩にパブロの剣が刺さる。その傷は深くはないが浅くもない。しかし戦闘中に受ける傷としては致命的なものだ。放置するとかなり出血してしまうだろう。僕はその痛みにより動きが鈍る。そこに拳が飛んでくる。

「ぐっ」

 パブロの右ストレートを顔面に食らい、少し吹き飛ぶ。僕は血の流れる左肩を抑え、立ち上がる。

「ひひ、お返しっすよ」

 パブロはにやにやして嬉しそうである。

 …何か打開策はないだろうか。また挑発するか。いや同じ手は二度も通じないだろう。

「…」

 どうすればいいのかを僕は疲れた頭で考える。そうしていると不意に視界が赤く染まる。どうやら殴られた時に頭を切ったようだ。そこから血が流れている。視界が自分の血で塞がる。ケガをしているせいか、貧血でくらくらしている気もする。

 僕はこのとき漠然と思った。

 このままでは僕はやられてしまう。このままではリンに任された事を果たせない。このままでは…。
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