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39-1 裕の凄さ
しおりを挟むカラオケボックスに来ている……えっと来ているんだが……
「栞……歌わないの?」
「お兄ちゃん歌っていいよ、私忙しいから」
「…………」
嘘をついて白井先生の家に行った刑により、現在妹とカラオケボックスに来ている。
刑のリクエストって言うと変なんだが、妹が「お兄ちゃんと誰にも邪魔されずに二人きりになれるところ!」と言われ、家の中は美月や両親の邪魔が入る可能性が高いし、ホテルとかは二人きりになれるけど……当然ダメだろ、漫画喫茶は基本的お喋りがあまり出来ない、そうなってくると残るはカラオケボックス位しかないので今回妹と二人きり、カラオケボックスにいる。
そして居るだけ……かれこれ1時間が経とうというのに一曲も歌っていない……
「えっと忙しそうには見えないんだが……」
「えーー?忙しいよ、お兄ちゃんを見るのに」
妹はテーブルに頬杖をつき俺をじーっと見ている、ただ見ている、ひたすら見ている…………なんの刑だよ!!……あ、そういう事か
「えっと、栞……まだ怒ってる?」
「ううん、もう怒ってないよ」
「もう……」
妹はテーブルに頬杖をつく姿勢を変えずに、笑顔で俺を見続ける、俺の目を延々と……怖いんですけど……
「えっと、俺凄く居心地が悪いんだけど……、栞は楽しいのか?」
俺がそう言うと妹は姿勢を変えず、表情を変えず、目線を変えず、全くの同じ姿勢のままで喋る。
「私ね、お兄ちゃんをいつまでも眺めていたいと思ってたの、今凄くお兄ちゃんを独占してるって思えるの~」
「そうですか……」
もう好きにしてくれ、とばかりに俺もまな板の鯉状態で妹に見つめられている、そして俺も妹を見つめ返す……
「……」
「……」
無言で見つめ合う、うーーんなんか……良いかも
妹の髪、目、睫毛、鼻、唇、息遣い、こんなにじっくり見ること今まで無かった……
可愛い……俺の妹って、可愛いと思ってたけど、ここまで可愛かったんだ……
漆黒の艶やかな黒髪、洗った時のサラサラとした感触は今でも忘れられない……若干の手入れはしているが綺麗な整った眉毛、少しつり目勝ちな大きな瞳と長い睫毛、少し小さめの整った鼻、リップを塗った様な艶やかでプリっとした唇、細く長めの首、綺麗な鎖骨、お椀型の形のよさそうな、いや実際良かった胸……
コンタクトを外していた為、ぼんやりとしか浮かばないがお風呂の時の胸を思い出す……
そして、そんな邪念が無くなるまで、妹を見つめる、ただひたすら見つめていた……すると……
『お兄ちゃん……好き……』
え?声が聞こえた、でも妹の口は開いていない……そして
『お兄ちゃん大好き、お兄ちゃん大好きお兄ちゃん大好きお兄ちゃん大好きお兄ちゃん大好きお兄ちゃん大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き』
え!え!え!妹の感情が心に流れ込んでくる!!
『愛してる!お兄ちゃん!!!』
妹は口を開いていない……それどころか指一本動いていない……
え? 何?突然スピリチュアル物にでもなってしまった? そんな俺の戸惑いを感じ取ったのか妹が口を開く
「お兄ちゃんてやっぱり凄いよね……」
「え? 何が?」
ようやく喋ったかと思ったらいつもの漠然とした俺への誉め言葉、また凄いか……
「私ね、今ずっと楽しくお兄ちゃんを見てたの、でもね最後に中学の時迄の自分の事を思い出しちゃった、そしたらお兄ちゃんの表情が変わったの……」
「やっぱりお兄ちゃんは凄いな~~って」
「中学の時迄の?」
「うん、お兄ちゃんが好きで好きでどうしようも無くなってた時の自分、それを思い出したらお兄ちゃんびっくりした顔になった……凄いよね、私の感情が分かったんだよ」
「そう言う事か、でもそれ全然凄くないじゃん、中学迄の栞の事を分かってやれなかったって事だろ?」
「ううん、分かるわけないよ、それが今までの私だったから、物心がつく頃から……、その前からお兄ちゃんが大好きだった、そしてそれが私自身だった、そしてお兄ちゃんはそれが私だと思ってた、だから気が付くわけないんだよ、そして私はそれをひたすら、ただひたすら隠してた」
「お兄ちゃん私の気持ちに気が付かなくてショックだったでしょ?、それって凄い事を言ってるんだよ、お兄ちゃん自分で気が付いてないでしょ、人の気持ちに気が付いてやれなくてショックって、それはつまり普通は、いつもは気が付くのに気が付かなくてショックだって事」
「そんな事……」
確かにそうだった……、俺は妹から告白された時にショックだった、妹からの告白自体もそうだが、こんなに長く一緒に居るのに、気が付いてやれなかった事が一番ショックだった……
「お兄ちゃんは、あまり人とは絡まないから気が付いて居ないだろうけど、お兄ちゃんの前にいる人が心の底でお兄ちゃんに助けを求めると、お兄ちゃんってすぐに気が付いちゃう」
「お兄ちゃんって人混みが嫌いなのはそう言う感情が溢れているからなんだよね、居心地が悪くなっちゃうんだよね」
そう……大勢の人が周りにたくさん居ると、落ち着かない……逃げ出したくなる……
「お兄ちゃんは、助けたくなっちゃう……でも全ての人を助けるなんて出来ない、だから孤立を選んだ、無意識的に……」
えーーっとそれは美化し過ぎているような気がするんだが……ただのボッチ……気味な、ボッチじゃねえぞ。
妹は立ち上がり、俺の横に座る
「私お兄ちゃんをずっと見てたって言ったでしょ、だからお兄ちゃんの凄さを一番知ってる、私はお兄ちゃんの凄さを真似ただけ、そうしたら友達が一杯出来た、でもお兄ちゃんみたいには出来ない、お兄ちゃんは自分を省みない、私はそこまでは出来ない、中途半端……」
妹は俺の腕に抱きつく、何処からかサザンのバラードが聞こえる……
「お兄ちゃん、私の事を助ける為に私と付き合うって言ってくれたんだよね、私と付き合う、妹と付き合うなんてリスクを負ってでも付き合うって言ってくれて、付き合ってくれて……ありがとう……」
「栞……」
腕にしがみつく妹の髪を撫でる、サラサラとした髪の感触とシャンプーの香りに蕩けそうになる。
「でも一つだけ違うぞ栞、俺は助ける為に付き合うって言った訳じゃない、栞が可愛くて、栞が素敵で、栞が凄く魅力的だから付き合うって言ったんだ、だからお礼なんて言わないでくれ、お礼は俺が言わないと……」
妹は俺を見上げる、その目を、瞳を見つめて俺は言った。
「俺の事を好きになってくれて……ありがとう」
そう言うと妹の目から涙が溢れる、ポロポロと涙がこぼれ落ちる。
「お兄ちゃん……」
妹はそう言うと目を閉じる……
俺は妹の顔に手をやりそっと涙を拭う、そして顔を近づける……
『プルルルルルルルルル』
ですよね~~~~~~~
「もおおおおおおおおおおおおおおお」
妹が叫ぶ……まあそうなるよね~~~~~~
「2時間延長で!!」
妹は電話口でそう言うと、再び俺の横に座り
「さあ!お兄ちゃん続きをどうぞ!!!」
いや無理っす……
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