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帰りたくない……。
しおりを挟む朝、目が覚めたら既に凛ちゃんはベットに居なかった。
抱き枕ネタが出来ない……いやいや……。
ちなみにミイちゃんは僕を抱き枕にしてスヤスヤと寝ている。
布団に潜り込み、猫の様に僕のお腹の辺りを掴んで寝ていた。
うーーーーん……ヤバいくらいに可愛い……。
寝癖でくしゃくしゃになったミイちゃんの髪を軽く撫でると、ミイちゃんの頬が緩み僕のお腹にもぞもぞと顔を埋める……うわわ、や、ヤバい……感触が……とある場所を刺激する。
このままだと僕のレールガンが火を吹く可能性があるので、ミイちゃんをそっと持ち上げ僕のお腹から離し枕代わりのクッションに頭を乗せた。
ミイちゃんは起こされかけ、一瞬不機嫌そうな顔になるが、またすぐに天使の様な安らかな表情に戻りスヤスヤと眠るミイちゃん……その愛くるしい寝顔に僕の心は癒される。
ミイちゃんを暫く見つめ、僕の生理現象が落ち着いたのを見計らい、ベットから起き上がると、音のするキッチンに向かう。
扉を開けると既にパジャマから着替えていた凛ちゃんがエプロン姿で朝食を作っていた。
「お、おはよ」
僕がそう言うと凛ちゃんはまな板で何かを切っている手を止め僕に振り向き笑顔で言った。
「おはよ~~」
なんて事は無い普通の挨拶……でも……その姿に衝撃が走る。
僕はハッキリ言ってメイドオタクだ。メイド様が一番、女性が着る最も魅力的な服はメイド服……ずっとそう思っていた。
でも……今……僕はその見解を変えなければいけないと思ってしまった。
紺のタートルネックのセーターに赤いチェックのスカート……とどめはエプロン……エプロン姿の女子の後ろ姿がひょっとしたら……一番なのかも知れないと……そう想ってしまう程に凛ちゃんは魅力的だった。
「また顔がキモいよ真くん」
「え? えええええ!」
「あははは、そろそろご飯が出来るからミイを起こして来て」
凛ちゃんはそう言うとまた料理を作り上げ始める……なんだろう……この感覚……幸せが目の前にあるような……手を伸ばせばすぐに手に入る様な、そんな感覚……でも……多分そこには見えない壁がある、分厚いガラスの壁がある……そんな気がした。
僕は何も言わずに踵を返し寝室に戻る。
ミイちゃんを起こして一緒に洗面所に向かう。
凛ちゃんは洗面所に歯ブラシも用意してくれていた。
メイちゃんと顔を洗い歯を磨く。
昨日から大好きな凛ちゃんの家でのお泊まり会。
楽しかった凛ちゃんとミイちゃんとの一時、ご飯を、朝食を食べたら終わってしまう。夢の様な世界から現実に戻る事になる。
そう……僕は気が付いていた……これは夢の世界なのだ……。
もうすぐ現実に戻らなくてはいけない……。
現実……そう僕は今、無断外泊をしている。
昨夜からスマホの電源を切って僕は凛ちゃんの家に泊まっていた。
初めてだった。僕は今初めて思っていた。
『泉に……会いたくない』
入学試験のあの日から数年間、泉に会いたくないなんて思った事は一度として無かった。
廊下で一瞬見かけただけで天にも昇るくらい幸せだった……声が聞けたら、それが僕に対してではなくても……それだけで嬉しかった。
だから一緒に住むなんて……僕はどうなってしまうんだろうと……思っていた。
でも……人間贅沢には慣れてしまう……幸せの閾値なんてすぐに変わってしまう。
会いたくない……帰りたくない……僕の頭の中でぐるぐるとその言葉が渦巻く。
このまま凛ちゃんと……なんて無理に決まっている……まだ高校生の僕に逃げ場はない……。
最後の晩餐ならぬ最後の朝食。
トーストとスクランブルエッグとソーセージ、生野菜のサラダにオレンジジュース……泉がよく作る和食と正反対の朝食。
「……美味しくない?」
「え?」
「なんか浮かない顔してるから」
「え? ううん、美味しいよ、うん本当に美味しい、僕好み」
ありきたりな料理だけど、塩味が抜群で凄く美味しい……塩梅って奴なのか? 凛ちゃんとの相性なのか?
「……ありがとう……なんか催促したみたいになっちゃったね」
「ううん……あ、あのさ、今日ミイちゃんと、どうするの?」
「え? ああ、勿論家に……実家に送り届けるよ」
「そうなんだ……えっと大丈夫? なんだったら僕が……」
帰りたくない……その思いから僕はそう凛ちゃんに提案する。
「……ああ、うん、それは大丈夫、実家遠いし、あと周りに人が居れば……ね」
ミイちゃんに怖がっている事がバレない様に凛ちゃんはは少し言葉を濁しながらそう言った。そう言われそれでもなんて言える性格なら、今こんな状況になっていない……僕はそれ以上押す事も出来ず帰りたくないという目論みは、見事却下される……。
食事を終えると凛ちゃんは簡単に片付け、出かける準備を始める。
凛ちゃんが化粧を軽くしている間に、僕はミイちゃんの着替えを手伝う……なんか完全になれてしまった。「僕……将来保育士も良いかも……」
「ロリコンの保育士はアウト、さあ行こうかミイ、お兄ちゃんにさよならって」
「さよなら? もう会えないですか?」
ミイちゃんはびっくりした表情で僕を見つめる……そうだ……凛ちゃんの傷が治らなければ、多分もう会えないだろう……会うことないだろう……でも……僕はいつか凛ちゃんの傷を癒したい……そんな男になりたい……そう思っていた。
だから……。
僕はミイちゃんの前にしゃがみこみ、ミイちゃんのふわふわとした髪を撫でながら、ミイちゃんと同じ目線で言った。
「大丈夫! また会えるよ! 絶対に!」
「……はいです! 今度はお姉ちゃんと一緒にお風呂に入るです、今度はお姉ちゃんと二人でお兄ちゃんの身体をごしごし洗いますぅ、そうしたらお兄ちゃん昨日より気持ちいいって言ってくれますか?」
ニッコリ笑ってそう言った……えっと……いや、ほら気持ちいいですかあって聞かれたからそうになった言っただけで、勿論背中だよ!
僕は何も言えずに、ミイちゃんから目線を外し……そっと凛ちゃんの顔を……ああ、凄い……初めて見た、ゴミを見る様な目付きってこういうのなんだああ……。
ほら、僕って、いつも視界にいない透明人間だったから、そう言った目で見られた事無かったから……いやあ、今回は色々と新鮮だなあ……。
「ロリコンキモ……」
凛ちゃんは最後にそう言うと家を出て、別れるまで口を聞いてくれなかった。
僕は何を言っても無駄だと悟り、何も言わずに黙っていた。
駅でミイちゃんが最後に僕に向けて必死に手を振ってくれた事が、唯一の救いとなった。
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