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天の羽衣
しおりを挟む一瞬の静寂、そして轟音と共に窓の景色がゆっくりと流れる。
激しい振動、みるみる間に景色が僕の後ろに流れていく。そして身体が斜めに、同時に内臓が下に落ちる様な気持ち悪さが襲う、その刹那今度はフワリと浮かんだ様な感覚が、僕は一瞬死の恐怖を感じる……そして思わず隣に座る泉を、僕の天使を見つめると天使は僕を見てニッコリ笑い僕の手を握ってくれた……ああ、大丈夫……ここには、天使がいる。僕は今、天使と一緒に空を飛んだ。
◈◈◈
あれから泉と色んな話をした。嬉しかったのは入学試験の時の事を覚えていてくれた事。青白い顔で額にビッショリと汗をかいて門の前で右往左往していた小学生の頃の僕の事を泉は覚えていてくれた。
僕はキモいって思われるかも知れないが、その時に借りたハンカチの事を打ち明けた。返すタイミングを逃しそのままお守りとして今でもずっと大事に持っている事を話すと、泉は一瞬驚いた顔をしたあとにクスクスと笑う。
「ハンカチをお守りだなんて、もうお兄様って面白いですね」
泉にそう言われるが、僕はあのハンカチを天使からの贈り物、まさに天の羽衣だと思っている。だから僕は返しそびれたのでは無く、ハンカチを泉に返せなかったのかも知れない……天の羽衣──『羽衣伝説』天から降りて水浴びをしていた天女、その美しさに見惚れた若者が着ていた服「羽衣」を隠してしまう。
羽衣が無いと天に帰れないと困る天女、若者は自分で隠した事を言わず、ならば見つかるまで自分の所に居れば良いと嘘を付き、まんまと一緒に暮らし始めてしまう。まさに今の僕と同じじゃないか……だからハンカチを泉に返したら、泉は天に帰ってしまうんじゃないかって思っている。
僕はハンカチの事を誤魔化す様に、あの時の泉、あの白い制服の事に話を変える。
小学生の制服がそんなに気になるのか? ロリなの? って言われるかも知れない……でも……だってさ、高校受験ならいざ知らず、中学受験で制服姿ってかなり珍しかったから……そして幼稚だった僕や愛真とは違い、いや、学校の誰よりも大人じみていた泉、小学生とは思えない立ち振舞いに、その制服姿に、僕は泉に心を奪われたから……
「私立の小学校に入ってたんですけど、お母様の仕事でこっちに来る事になったので」
「へーーそうなんだ」
「はい、お母様の都合が急につかなくなって一人で受験しに来たんですけど、凄く不安で、凄く緊張してたんですよ。でも、私よりもっと緊張している人を見たら、すっかりリラックス出来て、ふふふ、あの時はありがとうございます、お兄様」
「あ、ははははは……」
「あれから同じクラスになるのを楽しみにしてたんですけど、結局中等部では一緒になれなくて」
「僕も……でも、なれなくてかえって良かったかも、情けない所をあまり見られなくて」
「あら、そんな事、私中等部の頃からよくお兄様の事見てましたよ?」
「え? そうなの?」
「ふふふ、はい、お兄様のお優しい所も、しっかりと」
「え? な、何それ?」
「ふふふ、内緒です」
「えーーーー、何でも聞いてくれって」
「何でもお答えするとは言ってませんよ~~」
「えーーーーーーず、ずるい~~あ、でも僕の言うことは絶対って言ったから」
「お兄様は、私に強制なんてしません」
「うぐう……」
「ふふふふ」
「じゃ、じゃあ、強制じゃ無いけど教えてくれる?」
「はい?」
「泉が…………泉が小学生だった時の話を」
僕は真面目な顔で泉に尋ねた。泉の小学生の時……そう、僕と出会う前の事を……
「……お兄様?」
「…………」
「──そんなに気になりますか? うーーーーん……あ、そうだ! じゃあお正月一緒に行きましょう!」
泉は両手で軽く手を叩き僕にそう提案する。
「一緒にって? ど、どこへ?」
「私のお婆様の家へ」
「泉のお婆ちゃん?」
「はい」
「な、え? 何で?」
小学生の頃の話で何故お婆ちゃんの家に?
「私がこちらに来る前に住んでいたからです…………その……お兄ちゃんと」
「そ、そうなんだ……」
僕は精一杯何でもない振りをした。でも、でも遂に、遂にたどり着いた。僕の知りたかった泉の過去に……そして遂に泉の口から出てきた、泉のお兄さんの事が……
「はい……毎年お正月にお母様と一緒に行っているんですが……今年からは私一人で行かなくてはいけなくなって」
「へーー、でも今年は行けないって義母さん正月も仕事なの?」
「──いいえ……けじめを付けてですね」
「けじめ?」
「今年お母様はお義父様と結婚しましたし」
「……どういう事?」
「お婆様はお父様、前のお父様のお母様なので……」
「あーーーー」
「お婆様は気にしないでいらっしゃいって言ってくれていたんですが、やはりそこはけじめを付けてもう行かない……と」
かなり寂しそうな顔をする泉、そうか、お義母さんが僕の父さんと結婚すれば元旦那さんのお義母さんは他人か……
僕は一瞬結婚という事に疑問を抱いた。結局法律で家族になっても、解消すれば他人なんだと言う事に……
「そ、そうなんだ……でもそれなら僕も行かない方が……」
「いえ、お婆様にはいつか連れて来なさいと言われているので、お兄様がお嫌でしたら今回は諦めますが……でも、私の新しい家族としてお兄様をキチンと紹介したいのですが」
「……ううん、嫌じゃないよ」
「本当ですか!」
「あ、うん」
「良かった……」
「えっと……それで、泉のお婆ちゃんの家ってどこなの?」
「あ、ああ言ってませんでしたね、北海道です」
「ああ、そうなんだ北海道…………北海道ってあの北の?」
「はい」
「ええええええええええええええええええ!」
「?」
こうして僕は泉と二人きりで北海道に行く事になった。
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