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泉のトラウマ
しおりを挟む予定より少し早く愛真の家から帰宅した。
まあ、色々気まずかったっていうのもあったんだけど、愛真のお母さんが夕方急用が入り車が出せるのは昼すぎまでになってしまったと言われたので。
「また、ね……真ちゃん」
愛真は車を降りる時僕に向かってとびきりの笑顔でそう言った。
でも僕は見逃さなかった。いつもと違う笑顔……懇願するような目を……
「うん……来週も宜しく」
「うん!」
僕がそう言うといつも通り笑顔で手を振る愛真、その笑顔に僕はドキッっとしてしまった。
見えなくなるまで車を、愛真を見送る。そして少し間を置いて僕は家に入ろうとした時、ふとイタズラ心が芽生えた……
そーっと入って泉を驚かしてやれ!
愛真と一緒にずっと昔話しをしたせいか? 考え方が小学生になってしまったんだろうか? 僕はついそんな事をしたくなった。
これも家族になった証なのかも……間違っても薬師丸さんには出来ないよね?
そして色々謎な泉、一人だと一体何をしているのかも前から気になっていた。
僕が居ると、僕の世話ばかりで泉に隙が無い、でも、今日は夕方に帰るって言ってある。チャンスだ今なら泉は一人のはず、一体家では何をしているのか? 夕食の支度? リビングでテレビ鑑賞? 部屋にいたら無理だけど、キッチンやリビングにいたら脅かしてやれ!
僕は鍵を慎重に開け、ゆっくりと扉を開ける。家の中からは物音等は無く人の気配は無かった。
あれ? もしかして買い物にでも行っているのかも? そう思いながらゆっくりと靴を脱ぎ、リビングへ向かった。
自室以外で泉が居るとしたら、リビングかキッチンだ。脅かすと言っても泉の部屋にいきなり入るわけにはいかない、ここに居なければ僕の計画は終了してしまう。
怪我のせいでゆっくりとしか歩けない、僕はリビングにいつもの何倍もの時間をかけて近付くと、どこからか音が聞こえてくる。
「何? この音は?」
不気味な音がする……いや、声か? 何か小さな声の様な音の様な物が聞こえてくる。
その音に僕の歩くスピードが更に落ちる。ゆっくりとゆっくりと足を庇いながら、足音を立てずに歩く。
「泣き……声?」
誰かが泣いている? 誰が? 僕は慌てた! 今家にいるのは泉だ! 何かあったのか! とはいえ今僕は走れない、でも、泉に! 泉が!
「いず」
僕はリビングの扉を開けようと手をかけ泉の名を呼んだ。
しかし、その僕の声に被せる様に泉が声をあげる。
「お兄ちゃん……お兄ちゃん……」
え?
「お兄ちゃん……ごめん……なさい……お兄ちゃん」
リビングの中から聞こえてくる泉の声はいつもの明るい声では無かった。
泣き声、嗚咽、そしてその間に聞こえてくるお兄ちゃんという言葉、お兄ちゃん? 僕の事? 僕が愛真の家に泊まったから悲しくて泣いている!?
一瞬そんな嬉しい考えが浮かんだが、すぐにその考えを打ち消した。泉は僕の事をお兄ちゃんなんて呼んだ事はない。そして一度だけ、前に一度だけお兄ちゃんと呼んだ人物が居る。
亡くなったという泉の実の兄だ。
あれ以来その話はしていない、いや、そもそも僕は泉の事を何も知らない。
そしてそう考えた瞬間、僕は思った……僕は泉の何が好きなんだろうって……
中学受験の時初めて会った。受験を止めよう、僕には無理だって思ったその時に泉は現れた。白い制服を着た天使が僕の前に降臨した……僕はそう思った。
そしてそれから3年間、僕は泉を見ていた。いつも明るく淑やかで美しく、僕は彼女を、泉を見る為に学校に通った。泉を遠くから見つめる為に……それだけ、それだけの為に僕は孤独に耐え通い続けた。
泉と廊下ですれ違うだけで胸がときめいた、声を聞くだけで楽しくなった、笑顔を見るだけで幸せになった。
そして高等部に入り初めて同じクラスに、僕は飛び上がる程嬉しかった。
毎日彼女を近くで見れる……それだけで最高に幸せだった。
それがまさか一緒に暮らすなんて兄妹になるなんて夢にも思っていなかった。いや、今でも夢だと思っている。
僕は泉が好き……そう思っている……いや、そう思っていた。でも……改めて思う……僕は泉の何が好きなんだ? 顔? スタイル? 性格? 優しさ?
全部……全部が好き……そうなの?
全部が好きって言い切れるのか? 違う……そもそも僕は泉の事を何も知らない、今泣いている理由も……わからない……
そして泉は僕の事をどう思っているんだ? お兄様と僕を呼び僕に尽くしてくれる……でもそれって……死んだ泉のお兄さんの代わりって事だよね? 泉がお兄さんに出来ない事を出来なかった事を、僕にしているだけ……贖罪の為に……
僕は泉のお兄さんの代理、身代わり……
そしたら……僕は一体なんなんだ? 僕の僕自身の存在は価値は?
泉の中に僕は居るの?
リビングで泣いている泉……話を聞きたいそして慰めたい、兄として妹を労りたい、そう思った。思ったけど……でも……僕はリビング扉を開ける事は出来なかった。
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