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2部1章 再スタート

憧れの人

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「灯、ちょっと聞いてよ~~」
 お姉ちゃんは嫌な事があると、夜な夜な私の部屋に入り、そのままベッドで寝転び延々と私に向かって愚痴をこぼします。

 学校では才色兼備等と呼ばれているのに、私の前ではそんな気配さえ感じ取れません。

 でも一昨年迄同じ小学校に通っていたお姉ちゃんは、今でも語り継がれているくらいの伝説の人となっていた。
 その外面スーパースターのお姉ちゃんは、期待通り都内でもトップクラスの中高一貫高、私立城ヶ崎学園に合格し通っていた。

「宮園って奴がさあ、コーチを独り占めしてさあ、コースとかも優先的に使うし、1年の癖に1年の癖にいいぃぃ」

「ふーーん、速いんだ?」

「小学生日本記録保持者だからねえ」

「え?! 宮園って、あの宮園翔?」

「ああ、知ってるんだ」

「ええええ! お姉ちゃんの学校に居るの?」

「いるよ~~やっぱり有名なんだあいつ」

「有名って、そりゃそうでしょ?」
 陸上の短距離をやってて宮園翔を知らないとかあり得ない。

「へーー見に来る?」

「良いの?!」

「学校見学って事で申請出しといてあげるよ、でも、あまり目立たない様にねえ」
 こっちを見ながら手をヒラヒラさせるお姉ちゃん。

「うんうん!」
 私が嬉しそうに頷くとお姉ちゃんは少し不満そうな顔で笑った。
 自分の試合を見に来いって言っても来なかったのにって思ってるのだろう。

 お姉ちゃんも小学生の時から速かった、去年は1年ながら都の決勝迄進んだらしい、そう、お姉ちゃんも全国クラスの選手なのだけど……どうも憧れないんだよねえ……日頃の態度を見てると……。

 とりあえずお姉ちゃんはいいとして、とにかく凄い! 日本一速い小学生がお姉ちゃんの学校にいるなんて!
 
 でもそう言って興奮してるけど、実は私、彼の顔も走りも知らない、名前を知っているだけ。

 そう、名前は知っている、名前だけは……。

 小学校の陸上の大会で配られるプログラム、その100mの記録の欄の一番上にいつも載っている、日本記録の欄に宮園 翔って名前が。

 雲の上の人、そんな人の走りが生で見られるなんて!

 私は流行る気持ちを抑え、翌日お姉ちゃんの学校へ宮園様を見に赴いた。


 始めて訪れたお姉ちゃんの学校、一応学校見学って事なんだけど、そんな物はどうでもいいと私は一目散に陸上競技場に向かった。

 宮園様を迎える為に競技場を整備したらしいそのあり得ない程に綺麗な競技場に私は度肝を抜かれた。
 綺麗なフィールド、美しいトラック、新品の設備。

 宮園様のおかげでこんなに綺麗な所で練習出来ると言うのに、どうしてお姉ちゃんはグチグチ言うんだろうと不思議に思いながら、眺めていた。

「……あああ、ふわああ……」
 どの人が宮園様なのだろうか? と思う間もなく直ぐに一人の男の子に私の目は釘付けになった。
 真っ白いトレーニングウェア姿のその人は、トラックの一番外側をゆっくりと歩いていた。
 フォームを気にしながら、ゆっくりとウォーキングしているその歩き方を見て、私は確信した。

「あの人だ!」
 綺麗な歩き方、一歩一歩確認するようにゆっくりと歩くその姿に私は一瞬で心を奪われた。

 チラチラとお姉ちゃんが私を気にしながら練習をしているけど、私はそんな事に構っていられなかった。
 何故か宮園様の一挙手一投足を見なければ、目に焼き付けておかなければって思ってしまったから。

 暫く歩くと宮園様は軽く屈伸をし、今度はゆっくりと走り始めた。
 そしてその走りを見た瞬間、私は……恋に落ちた。

 まるでサラブレッド様な洗練された走り、彼の走った後に流れる空気が綺麗に渦巻いて、そしてキラキラと光って見えた。

 高級スポーツカー、ううん、フォーミュラーカーの様なその走りに思わずため息が出る。

「凄い、凄い凄い!」
 人の走りを見て、震える事なんて今まで無かった。
 格好いいとか、速いとか、そんな次元じゃ無かった。
 美しい……とにかく美しいの一言しか言葉に出来なかった。

 
 私はそれから隙を見つけては彼の走りを見に来た。
 動画も写真も一杯撮った。

 そして、私立城ヶ崎学園に入る事に決めた。

 お姉ちゃんと違いちょっとだけ、ちょっとだけ学力の足りなかった私は必死に勉強した。
 宮園様を先輩と呼ぶ為に、一緒に走って貰う為に一生懸命勉強した。

 でも、その願いは叶わなかった。



「バカよ……あいつは……自分の事がわかってない!」
 涙ながらにお姉ちゃんは私にそう言った。
 いつものように私のベッドに寝転びながら、グチグチと、でも、お姉ちゃんの悲しみは伝わって来た。
 なんだかんだ言ってお姉ちゃんもあいつの事を……ってそう思った。


 でも、私は何も言えなかった……そして何も思わなかった。
 宮園様の事故の件を聞いても、涙も出なかった……。

 そうか……本当に悲しい時って、涙が出ないんだ……ってそう思った。

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