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1部第3章 暗転

どう……すればいいの……

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 私は慌てる様に、でもそんな素振りは彼に見せない様に急いでシャワーを浴びる。
 本当は入りたくなかった、今は彼を一人にはしたくない。
 一人ではいかないって、約束したから、多分大丈夫だとは思うけど……外の様子を伺いながら、シャワーを浴びる。

 本当に最悪な事態になった。
 まさか、彼の妹がそこまで私を憎んでいたとは思いもしなかった。

 そして彼がそこまで妹さんに依存していたとは思わなかった。

 私は会うべきじゃ、彼の元に来るべきじゃなかったのだろうか?
 予想だにしなかった事態に、私は困惑していた。

 とりあえず落ち着かなくては、余裕の態度で接しなくては、そう思いながら冷たいシャワーを被り頭を冷やす。

 身体がブルブルと震える。この震えはシャワーの冷たさでだってと、自分を誤魔化す。

「──どうしよう……どうすればいい?」
 考えろ、考えるんだ!
 彼の希望、彼の夢、彼の生きがい。
 妹さんに助けを……ダメ、私が連絡すれば益々彼女はお兄さんを、彼を拒絶する。

 私の言う事を妹さんは絶対に信じない……信じようとはしないだろう。

 かといって、彼が自ら妹さんに連絡はしないだろう、スマホの電源も入れようとしない。

「──死ぬなんて……駄目……止めないと、絶対に止めないと」
 でも、知っている、 ここで無理に止めれば益々彼は死を選んでしまう。
 益々彼を追い込んでしまう。
 
 だから、私が一緒にって……仲間だって思わせれば、彼は一人では行こうとはしないだろうって、咄嗟にそう思った。
 
 ううん、仲間って言うのは嘘じゃない……私だってチックが居なかったら、そして彼の事が無かったら、今ごろは……。

 彼の気持ちは良くわかる……痛い程に……私も誰もいなかった。ずっと一人だった。
 生まれた時からママは超有名人……私は最初名前さえ無かった。
 大女優【白浜 縁】の娘……それが私の名前だった。

 だから自分を見つけて欲しくて、自分の名前を知って欲しくて、アイドルのオーディションを受けた。

 でも、ママがそれを知らない筈が無かった。 
 折角できた仲間は解散で居なくなり、落ち込んだ私をママはお金さえ、仕事さえ与えて置けば、自分の目の届く所に置いておけば良いだろうって……そう思って私を芸能界にいさせた。
 
 でも、そんなんだから、ママの庇護の元でいる私を皆牽制した。
 行く先々の現場で私には誰も話しかけてこなかった。

 ママとそしてパパの威光が強すぎて、私は触らぬ神に祟りなしと、誰も近寄って来なかった。

 ずっと一人だって、私はこのままずっと一人ぼっちだって……そう思い生きる気力を無くして行った。

 だから私はチックに依存した……そして、彼に依存した。

 でもチックはいずれ死んでしまう……悲しいけど犬の寿命は短い。
 もしチックが居なくなったら、私には彼しか居なくなる。
 彼もチックも居なくなったら……私はこの先どうやって生きて行けばいいの?

 彼が私に振り向いてくれなくてもいい、彼が誰かを好きになって、そして彼を大事に思ってくれる人が現れたなら、それでもいい。
 
 生きていてさえ居てくれれば……でも、今、彼は死を選ぼうとしている。
 駄目それだけは……。

 彼をここまで追い込んだのは私、全部私のせい。

「ふ、く、ふ、ふえええぇぇん」
 限界だった……急いで浴室に入って正解だった。
 泣くわけにはいかない、絶対に彼の前では泣いてはいけない……。
 それは完全に裏切りだから……一緒に行くって言った私が彼の前で泣いたりしたら……彼はもう私を信用しない。

 死にたく無いんじゃない! 彼に死んで欲しくないだけ……彼に幸せになって欲しいだけ。

 好きな人に……幸せになって欲しいだけ。

 とりあえず買い物や観光、北海道なら気分も変わる、美味しい物も一杯ある。
 何より移動に時間がかかる……時間が稼げる。

 なんとかして彼を思いとどまらせる。

 なんとしても彼の希望を見つける……。

 でも、それでも……もし彼が終わりを選ぶのなら……もしそれが彼にとって一番の願いなら……。

 その時は……私も一緒に……彼と……。

 それが私に出来る彼への……最後の……贖罪だから。


 

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