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1部第1章 再会

ごめんなさい

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 高層マンションの最上階に僕は来ていた。

「す、すげえ……」
 大きな窓高い天井、そして段差の全くない……バリアフリーな床。
 出来たばかりのマンション、生活の匂いや彼女の香りは一切しない。
 妹や夏樹の部屋を除き、初めて入った女の子の部屋なので、ちょっと……残念……かも。

 部屋を見回すが家具も新品で、まるでモデルルームのようなその部屋に僕は開いた口が塞がらなかった。

「やっぱり芸能人はすげえ……」
 彼女は有名女優白浜 縁しらはまゆかりの娘で、自身もついこの間までテレビやCMに出捲っていた。
 まあ、うちの学校はレベルも高いし、伝統とかもあるので時々芸能人やら、お嬢様が入ってくるらしい、僕はあまり興味無いから知らないけど、生徒会長とかもかなりのお嬢様とか……そのせいもあってクラスでも彼女を前にしても、大騒ぎにはならなかった。

 だから彼女はきっとそういう理由で僕と同じ学校になったんだろう。

 決して……僕を追いかけて来たわけじゃ……ない。

 でも、だったら……なんで彼女は僕を部屋に入れたんだろうか……。

 何気なく見ていた新築の高層マンション……その前で白浜に会った僕は、彼女に誘われるがままフラフラと部屋に入ってしまった。

 えっと……ここで彼女の母親が帰って来たらまずいのでは?

 あの時の事を……あの時僕を見ていたあの冷たい目を思い出す。
 僕はキョロキョロと辺りを見回しいつ帰ってくるかわからない人に怯えつつ、フカフカのソファーに座りながら彼女を待っていた。

 そして待つ事10分弱……パーカーから着替えた彼女は……僕と初めて会った時と同じ白いワンピース姿で僕の目の前に現れた。

「……っ」
 その彼女の姿を見て……僕は何故だか涙が出そうになる。
 二度と会えないと思っていた初恋の人に、街中で偶然出会った様な……そんな思いになった。

「紅茶で良いかな? コーヒーもあるよ?」

「あ、うん、どっちでも」
 彼女は持っていたポットと綺麗で高そうなティーセットをテーブルに置くと姿勢正しく座り、美しい所作で紅茶を入れ僕の前に置いた。

 僕は紅茶を一口飲むと、彼女も一口飲む……続いて僕もまた一口飲む……彼女も……僕も…………。

「えっと……おかわり持ってこよっか?」

「えっと、だ、大丈夫」

「そ、そう……」

「…………」
 僕と白浜の間に無言が続く……彼女は一体僕に何を……そう思っていると突然彼女は立ち上がった。

 そして……。

「ご、ごめん……ごめんなさい……」
 彼女は僕の前で深々と頭を下げた。



 ◈◈◈


 地獄の受験勉強……。
 諸々の契約関係で、仕事を辞めるのに時間がかかってしまった。

 でも……私は城ヶ崎に受からなければならない……絶対に……。
 仕事と勉強の両立、寝れない日が何日も続いた。

 受けた模試の判定はC、周囲に気付かれ集中出来なかったのは言い訳に過ぎない。
 本番当日だって同じ状況になりかねないのだから……。
 模試結果を握り締め涙が溢れた……挫けそうになった。

 映像関係の知り合いに頼み、彼の走っている動画を出来るだけ集めて貰った。
 足の速い少年として、彼は色んな所で取り上げられていた。

 そして……辛い時はそれを見て……彼の走る姿を見て……自分を奮い立たせた。

 受かって……絶対に合格して彼の元に行くって……一緒の高校に通うって……そう思い頑張った。

 死に物狂いで仕事をして、そして死に物狂いで勉強をした。


 そして……私の元に……念願の合格通知が来た。

 嬉しかった……凄く嬉しくて私はその場で飛び上がって喜んだ。

 でも……直ぐにその気持ちは怖さに変わった。

 彼は私の事を憎んでいるんじゃないかって……。

 今更どんな顔で彼に会えば良いのかって……迷惑なんじゃないかって……。
 もしかしたら……彼は私の事を憎んでいるんじゃないかって。

 怖い……怖くて身体がブルブルと震えた。

「でも……それでも……行かないと……」
 それが私の責任だから……彼に会って……ちゃんと話さないと……ちゃんと謝らないと……。

 でも、入学の日が迫れば迫る程、私の中で怖さが増す。
 そして私は……入学式に出れない程に憔悴しきってしまった。

 行かなければいけないのに、あの日……怖くて家から一歩も出れなかった。

「怖い……」
 怖くて怖くて仕方がなかった。

 でも……私は思った。
 彼はもっと怖かったんじゃないかって……ううん……今でも……。
 先の見えない恐怖……。

 嫌われてもいい、怒られても……殴られても……。
 彼の元に行けるなら、そして少しでも助けられるなら……責任を取らせて貰えるならって……。

 だから私は勇気を出して……学校に行った……。

 でも今度は……。

 教室に入った瞬間直ぐに彼がわかった。
 何度も何度も見続けた彼の走る姿と……映像と彼が重なる。

 彼は窓際の席で、外を眺めていた。

 その姿を見た瞬間、私の中で何かが弾けた。

 直ぐに声をかけようって決めていたのに、私は恥ずかしくて、声を掛けられなかった……だ、だって……あの、翔君が……目の前に……いるって思ったら……。

 毎日毎日彼の走る映像を、あの美しくて綺麗な走りを、格好いい姿を見ていたのだから……その本人が目の前にって思ったら……今度は……き、緊張して……目を合わせられない。

 直ぐに謝らなければって、あの時のお礼、そしてママの失礼な対応を謝罪しなければって……その為に、この日の為に、死ぬ気で頑張って来たのに!

 私の中で、怖さと恥ずかしさが入り交じる……。
 喜びと悲しみ、そして怖いという感情が頭の中を何度も行き交う。

 そして……何も出来ないまま、話しかける事も、話しかけられる事もなく数日が経ってしまった。

 彼からも話しかけて来ないって、やっぱり……嫌われているのだろう、怒っているのだろう……そう思い始めていた。


 私は合格したと同時にママの所から出る決心をした。
 そして少しでも彼の近くにって思い、私は当初の予定通り独り暮らしを始めるべく、引っ越しをした。
 話しかける事も出来ないのに……近くに住んでも意味がないって思いながらも……予定通りに計画を進めた。

 その引っ越しが終わり買い物に行った帰り……マンションの前に……何故か彼が立っていた。

 私を追いかけて来た? 彼を見て、私は衝動的に声をかけた……。

「み、宮園くん」

「……誰?」
 え? 忘れたの? 私の事、いや、そんなわけ……じゃあ、やっぱり怒っている? 憎んでいる? 私はそう言われ涙が…………あ、そうだった。

 私は思い出した。
 今の自分の格好を……慌ててサングラスを取りマスクを外した。

「し……白浜さん」

「……うん」
 やっと、やっと会えた、やっと話せた……。
 嬉しくて涙が出そうになった……そして改めて彼の杖を見て、その場で泣き叫びたくなった。
 でも堪えた……彼の迷惑になるから必死で堪えた。
 彼は何も言わないで私を見つめる。
 どうしよう、謝らなければ、話をしなければ。
 でも、言葉が出ない……。

 黙って立ち尽くす私と彼、周囲がこっちを見始める。
 だから私は言った、勇気を振り絞って……。

「こ、ここ……私の家、入る?」

「え? い、いいの?」

「う、うん」

「じゃ、じゃあ……」
 私は自分の部屋に彼を招き入れる事に……成功した。



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