上 下
29 / 62
幼なじみと隣の席の女の子

無茶振り

しおりを挟む

「アチい……」
 バスを降りると草木の匂いが漂っていた。
 会場は山の上にあるスキー場、すでにライブは始まっており、凄い人の数が各ステージに向かって歩いている。

【ジャズロックフェスティバルin苗場山】

 山の上とはいえ、夏の日差しを浴び一瞬で身体中から汗が吹き出す。
 
 広い会場には数個のステージがあり、遠くから演奏と歓声が聞こえてくる。

 俺の目的はただ一つ、あやぽんのステージだけ。
 あやぽんを見たらすぐに帰ろうなんて思ってたけど、まあ、でも……この場に来てみれば少しは会場を見て回ろうかなぁなんて思い始めていた……。
 
 いや、だって……水着の様な格好の女子が、いぱーーい、いるんだ、直ぐに帰るのは勿体無い。と、俺はすれ違う薄着の女子達をガン見する……。

「だ、駄目だ違う、そう、歌だ、歌も聞きに来たんだ……アニソンしか聞かないけど、ジャズとか、わかんないけど……」

 俺はとりあえず今日の帰宅を断念……いや、水着の女子を見たいからじゃない、チケットが勿体ないからだ。
 急遽宿を探すべく、スマホで周囲のホテル等の空き状況を確認する。

「お、ペンションに空きが……」
 今日は夜までここを見て、なんなら明日チラッと雪乃の合宿を覗こうかななんて考えながら、俺はペンションに予約を入れた。

 とりあえず、そろそろあやぽんの出る時間、俺はあやぽんがゲストで幕間に出るステージに向かった。

 とぼとぼと一人で会場を歩いていると、やはりカップルばかりが目立つ……そして皆何かイチャイチャしている気がする……まあ、夏だし、フェスだし……とりあえず俺以外、いや俺とあやぽん以外は爆発しねえかな? 隕石とか落ちて来ないかなぁと、呪いをかけつつ会場に付くと。


「ギャウウウウイイン」
「うおおぉおおお!」

 ギターソロで盛り上がる会場、どうやらアンコールで出てきた様子だった。

「──うるせえ……」
 こういうバンドはあまり好きではない……っていうかそもそもロックとジャズとかわかんね……。
 早く終わってあやぽん出ないかなあと、俺は仕方なくそのバンドを聞いていた。

 そして、耳をつんざく音が止まり、声援の中バンドが撤収する。
 
 そう、遂にあやぽんの出番だ。
 しかし、いつもはファッション関係の仕事が多いあやぽん、観客もあやぽんファンの女子が多いのだが……。

「こんにちわーー盛り上がってますねえ」
 バンドの演奏が終わり、司会者の女性がステージに現れる。
 そしてその後ろでは次のバンドの準備が始まる。
 まさかこんな状況で? 完全に繋ぎという感じ、他のステージにいかれない様にしているのか?

「では、ここでゲストの方にお話を聞いて見ましょう、最近モデルとして大活躍、あやぽんこと、綾さんでーーーーす」
 
「こんにちわーー!」
 司会者のお姉さんに呼ばれ、あやぽんがステージ左手から手を振りながら登場する。
 
「おお! あやぽん!」
 Tシャツにホットパンツ姿のフェスらしいファッションに合わせた格好のあやぽんがステージに降臨なされた。

 この間見てるって言ってたなと、俺はいつもの定位置、観客席後方から必死に手を振った……でも、なんかいつもと違い……俺だけ手を振っている。
 しかも……会場から歓声は無かった。

「誰?」
「確かインフルエンサーとかって、ネットで見たな」
「モデル? 場違い……どうでも良いよ」

 そんな声が聞こえてくる。

 今日は完全アウェイ状態……そんな中でもいつもの様に笑顔を振り巻く、けなげなあやぽん……。
 しかし……司会者もその会場の空気を感じたのか? 何か空回りしている。

「今日はフェスの様子を【インスト】に上げますので、見て下さいね!」
 
「はよ終われ」
「次はよ」

「ううう、くっそ……」
 そんな声が聞こえてくる……誰もあやぽんに注目も興奮もしていない……俺だけ。
 そして何か途中の様な感じで、司会者が質問を終わりにしようとしたが……。

「それでは……綾さん……え?」

「エフェクター電源入んない!」

 そんな声がステージから聞こえてくる。

 そして司会者は慌てる様に言った。

「えっと、今日は音楽の祭典って事で、綾さんは歌とか歌うんですか?」
 司会者があやぽんのプロフィールをガン無視してそんな事を聞いてくる。
 
「えっと、まあ少しは……」
 あやぽんは少し困った顔でそう返事をする。
 しかし、司会者はそんああやぽんの表情を見ていない。進行係と目配せをしている。
 どうやら引き延ばせと指示された様で、司会者のお姉さんはきょどりながら慌てる様にあやぽんに言った。
「そ、そうなんですねえ、あ、じゃあ、ちょっと、歌ってくれますか?」

「……え?」
 何を言ってるんだ? あやぽんが歌った事など一度も無い。しかも今の観客は耳の肥えた奴ばかり、素人が歌った日には、帰れコールされるかも知れない。

「……はい、じゃ、じゃあ、ちょっとだけ」

「──え?」
 あやぽんが歌う? 本当に?
 俺は、そう聞いて、嬉しい気持ちがほんの少しと、かなりの不安が同時に襲って来る。
 大丈夫か? 本当に歌うのか?

「らーーららーーらら」
 すると、あやぽんはマイクを握り、アカペラで歌いだす。
 しかし、いきなり【ららら】、なんて歌い始めるので、会場からクスクスと苦笑が……。

 でも、それは……イントロ演奏を【ららら】でやっていただけだった。

 そして、あやぽんが歌い始める。
 それと同時に会場は静まり返った。
 
 あまりの上手さに、あまりの声に……。
 そして、その歌をその曲を……俺は聞いた事が……ない。

「こ、これって、ひょっとして……あやぽんの……オリジナル?」



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

恋より友情!〜婚約者に話しかけるなと言われました〜

k
恋愛
「学園内では、俺に話しかけないで欲しい」 そう婚約者のグレイに言われたエミリア。 はじめは怒り悲しむが、だんだんどうでもよくなってしまったエミリア。 「恋より友情よね!」 そうエミリアが前を向き歩き出した頃、グレイは………。 本編完結です!その後のふたりの話を番外編として書き直してますのでしばらくお待ちください。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

【完結】今夜さよならをします

たろ
恋愛
愛していた。でも愛されることはなかった。 あなたが好きなのは、守るのはリーリエ様。 だったら婚約解消いたしましょう。 シエルに頬を叩かれた時、わたしの恋心は消えた。 よくある婚約解消の話です。 そして新しい恋を見つける話。 なんだけど……あなたには最後しっかりとざまあくらわせてやります!! ★すみません。 長編へと変更させていただきます。 書いているとつい面白くて……長くなってしまいました。 いつも読んでいただきありがとうございます!

七年間の婚約は今日で終わりを迎えます

hana
恋愛
公爵令嬢エミリアが十歳の時、第三王子であるロイとの婚約が決まった。しかし婚約者としての生活に、エミリアは不満を覚える毎日を過ごしていた。そんな折、エミリアは夜会にて王子から婚約破棄を宣言される。

〖完結〗王女殿下の最愛の人は、私の婚約者のようです。

藍川みいな
恋愛
エリック様とは、五年間婚約をしていた。 学園に入学してから、彼は他の女性に付きっきりで、一緒に過ごす時間が全くなかった。その女性の名は、オリビア様。この国の、王女殿下だ。 入学式の日、目眩を起こして倒れそうになったオリビア様を、エリック様が支えたことが始まりだった。 その日からずっと、エリック様は病弱なオリビア様の側を離れない。まるで恋人同士のような二人を見ながら、学園生活を送っていた。 ある日、オリビア様が私にいじめられていると言い出した。エリック様はそんな話を信じないと、思っていたのだけれど、彼が信じたのはオリビア様だった。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

男女比:1:450のおかしな世界で陽キャになることを夢見る

卯ノ花
恋愛
妙なことから男女比がおかしな世界に転生した主人公が、元いた世界でやりたかったことをやるお話。 〔お知らせ〕 ※この作品は、毎日更新です。 ※1 〜 3話まで初回投稿。次回から7時10分から更新 ※お気に入り登録してくれたら励みになりますのでよろしくお願いします。 ただいま作成中

処理中です...