殿下のやることを全面的に応援しますッ 〜孤立殿下とその側近 優しさだけで突っ走るッ〜

琴音

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前編 ユルバスカル王国編

13 改めての話し合い

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 次のお休みに殿下ときちんとしたお話しをすることになり、執務室に来た。お休みの日なら誰もこないからね。メイドさんにお茶を淹れてもらうと彼女は倉庫の扉に消えた。

「慣れた?」
「慣れません」

 婚約の噂はあっという間に広がり殿下は結婚に興味あったんだ?とか、彼女はやはりそんなつもりだったのかと、廊下を歩くとヒソヒソ聞こえた。

「周りの雑音など聞かなくていい。俺は君を選んだ。それだけ」
「はい」

 殿下はこの日までの五日間で気持ちはほとんど話した。まあ世間話のようにちょこちょこだったけど、偽りはないそうだ。

「改めて、俺の妻になってくれ」

 その言葉にと簡単には言えなかった。

「あ、あの本当に私でいいのですか?なんの取り柄もありませんし、見た目もよくはありません」
「それがなに?俺のバカな振る舞いに「優しいのですね」と俺を否定しなかった。それだけで俺はよかったんだ」

 なにかを成し遂げることはその人の能力で、その人物の付加価値となる。だがそんなものは誰でも持っているものじゃない。他人の心に寄り添い、共感してくれる人こそ俺の傍にいて欲しい人だよって。それは理解します。それが私なのが理解出来ないだけ。オドオドしてしまう。これが現実のこととは思えないんだもの。膝の上で汗ばんだ拳を握る。

「それで俺のこと好き?」
「それはもちろん。でなければとっくに逃げてます」
「それは臣下として俺が好き?俺個人をどう思う?身分もなにも見ないでさ」

 それは無理だろう。身分込みで恐れ多いと感じるし、でも……尊敬できる人といつも思っていたのは嘘じゃない。誰にでも分け隔てなく声をかけ、臣下の人望はすごいけど大臣たちや土地持ち貴族には嫌われ気味。民第一の政策が嫌われる原因なんだけど。だから彼の発案が通ることは少ない。重鎮に敵が多いのが気がかりで、だからこそ私は彼の力になりたかった。民の笑顔はかけがえがないと感じているのも本当だから。姫様と声を掛けてくれる子どももかわいかったし。

「私はあなたを支えたかった。あなたのやりたいことを少しでも有利に進めるお手伝いが出来ることを幸せに感じてました」
「うん。それで?」
「男性として考えたことがありませんでした。婚約者がいるものと思ってましたから」
「うん。いないけどね」

 ここでお受けしていいのだろうか。私は周りの環境でここまで来た。戦前は成人する前でなにも考えていなかった。結婚相手を親に探してもらい、夜会にも出れるようになるから父様の、家の恥にならぬようにしようとしか思ってなかった。
 そんな状態から領地を兄様と頑張り、一年もすると父だけではなく兄様や家臣、私兵にも召集が掛かった。すぐ下の妹エミリーがその頃成人し、年老いた家臣に復帰をお願いして領地のいろはを教わり運営した。エミリーと共になんとか覚えた頃、城の役職を放棄するなと宰相様のサインの命令書が届き、城で働き出した。何も分からないところから覚えて、慣れた頃終戦。兄様も五体満足で帰還出来て私が城で働く意味はなくなった。後は兄様が元気になるのを待つばかりとあの頃は考えていた。

「今の私の存在意義は子爵家にはありません。このご時世お嫁に行けるだけ幸運となっています。家の繋がりを重視し過ぎたらお嫁にいけませんから」
「うん。悲しいけどそうだね」

「うん」と、どうしても言えない。殿下との縁談は王族との繋がりで悪くはなく、うちの領地もやりやすくなるだろう。それが貴族の娘に生まれた責務でもある。家同士の繋がりを作り、政治的にも経済的にも地盤の強化の意味があるから。このご時世にこれほどの縁を作るのは姫冥利に尽きる。デメリットはなにかあった時の派閥が問題。この結婚はうちは「王党派」と認識される。それも王弟派に属することになる。それがメリットになるかは不明だ。うちは父が近衛兵に混じって鍛えてたけど騎士ではなく趣味でしかなかった。それを私が崩してもいいのだろうか?

「兄はこの結婚の良し悪しや、損得を承知した上で私を殿下にくれてやるといいましたか?」
「ああ、君が認めた人ならば構わんと」

 兄はこの地の当主として、僭越ながら殿下に申し上げる。そう前置きして、

「ティナは下の妹エミリーが生まれてからなにひとつ拒否をしなくなった。嫌だとかやりたくないとか言わなくなったのです」
「え?」
「その頃いよいよ母の容態が悪くなり、いつ天に帰ってもおかしくなかった時期でしてね」
「ああ、それは……」

 私の父は忙しく暇な時間を家族に使う人ではなかった。城で側近をしながら準騎士として訓練を日課としていた。後で聞けば上の方は隣国の不穏な様子を知ってたそうですねと、兄は微笑んだそう。その通りで国が荒れ、目に見えて統率が取れない環境になりつつあった時期だったそう。

「ティナは寂しや辛さを俺にも言いませんでした。いつもしか言わなかった」
「そうか」

 ティナはそのまま戦時の領地運営に関わり、暴言にも耐えエミリーを守った。引退した家臣にも頭を下げ民を守った。それがどういうことか分かりますかと殿下に問うたそうだ。

「辛かったと思う」
「俺もそう思います。男尊女卑は今でも根強い。人がいないから仕方なくと思っている人が大半です。女はメイドや家庭教師、お母さんをやればいい。貴族の妻や娘は社交が仕事で、家の格を保てと若い人まで言うのですよ」
「ああ、理解している」

 この戦は弓と剣が戦場の武器で、術者の技は防御が中心。攻撃の技を使える者が少なかった。ほとんど対人の戦で、相手の大将の首を取ることが勝利だった。今回は仕掛けてきた隣国の人的にも資金的にも底をつき、継続できなくなった上での和平案である。あの国に手を貸すものはおらず、お手上げが真実。我らは敵が農民だったのを知ってましたよねって兄様は話したそう。

「ああ、大した武装もさせてもらえず、戦場で戦死者のを剥ぎ取ったと思われる装備だった」
「ええ。剣など持ったこともないのは一目瞭然でしたが、向かってくる者に怯めばこちらがやられる」

 我らがそんな時に女たちは城で領地で同じように奮闘してました。妹はとても努力しましたとセドリック兄様はは涙声になったそうだ。

「ティナがあなたを好きと言うのであれば、私は王党派に属するのも気にしません。ティナの愛するあなたを守るのでしょう?ならばいい」
「ありがとう。期待に添えるように努力しよう」
「どうか弱音の吐ける場所をあいつに与えて下さいませ」

 兄様は会談でそう言っていたそうだ。王党派につくということは、この先なにがあるかわかんないのに私のために。兄様……

「私は兄がいうような立派なことはしておりません。家臣とただ目の前の事案に立ち向かっただけです。弱音を吐けないのではなく、自分が辛い寂しいなどと考える暇もなかった。立派な妹、姉だと兄妹に家臣に思ってもらいたかっただけ。見栄っ張りなだけだったのです」
「意識はしてなかったと?」
「ええ」

 守るものがなくなった自分にはやることはない。なにも残っていない抜け殻みたいなもの。せいぜい自分の食い扶持を稼ぎ、自身の楽しみを見つけること。あわよくばお嫁に行きたいだけ。

「そのひとつに家族以外に愛されたいがありました。だから結婚したかったんです。家のためとかは後付けです」
「そうか」

 血の繋がりのない人に愛されるとはどういうことなのだろう。物語を読んでいてもなぜか分からなかった。他人を愛しいとはどんな気持ち?家族よりも優先させる気持ちとは、どんな気持ちなんだろうが、お嫁に行きたいスタート地点。

「だからリアムにも嫌われたのです。今なら分かります。どこかの博士が研究対象に取ってつけたように話しかけてれば辛いですものね」
「まあ……でも俺がなにかすると君は照れてくれたよね?」
「それは……殿下は素敵ですもの。その銀色の髪もきれいだし、どんなに法案や提案を退けられても改善して提出する。その強さは憧れます。見た目だけの方ではないのは近くにいれば分かりますから」

 そんな尊敬する人が優しくしてくれれば嬉しいのは当たり前。王子様ってこんなだよねって見た目でずるいくらい優しくて、それを損得なしにするとか神か!ってくらい。その言葉に殿下は、

「損得はあるよ。当たり前だ」
「そうなの?殿下自身にメリットあります?」
「巡り巡って国の安定があり、金銭に困らず生活出来る。そして達成感と民に偉そうに出来るだろ?」
「ふふっそうですね。私欲のないことを」
「私欲とは国の安定があってこそだよ。だから君が欲しいと根回ししたんだ。両親にも王にも承諾済みだ」
「え?私の気持ちは置いてきぼり?」

 やだなあ俺を好きにさせるつもり満々でここまで来たのに、好きになってなかった?マジで?と驚愕している。そんなことは言ってない。

「好きなんですよ。それが殿下自身なのか、殿下のお仕事に対する尊敬なのかが分からないのです」
「そっか。ちょっと押すのが早かったかな?」
「かもですね」

 ふふっと見合って笑った。こんなふうに自然体で心の内を話したのは殿下だけ。あの初日にリアムにもしかしたら愛されてないかもと話が出来たのも殿下だけ。そうか弱音を彼には話せたんだ。そうか……なにか自分の心のを開けるカギが殿下なのか。ふーんとどこか他人事のように思った。とても不思議な気分だった。

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