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六章 遅いけど新婚旅行

8.温泉地のおじい様

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 翌日の朝に大使館に荷物を運び込んだ。街のレンタル馬車を借りてな。

「悪いなジルベール。うちの屋敷に送ってくれ」
「かしこまりました。それにしても多ございますねぇ。この箱の紋章はランドール様ですか」
「うん。なんも返せないけど下さるって言われたから」

 イアサント共和国大使館全権大使のジルベールは、そんなもんいらないですよとにっこり。お茶室に積み上がった俺たちの荷物を眺めて、感嘆の声を上げた。

「ロドリグ様の家は、イアサント国二番目の資産家ですから、貰っとけばいいんですよ。気が向いたら会いに行くくらいでちょうどいい」
「それくらいしか出来ないよ。元々な」

 大使に任命されるのは基本ジジイ。老獪ろうかいでなければつとまらない。ジルベールも王の元側近のひとりだ。

「そうかな。ならお前の言葉を信じよう」
「ええ。信用してくださいませ」

 荷物を運び込んだ後は、俺たちは郊外の温泉地に行くことにしている。日帰りでな。

「あそこねぇ。宿屋が城下町より少し高いんですよね。そりゃあ中心地から離れれば安くもなりますけど……もう金欠?」
「グッ嫌な事聞くなよ。大使館使わずにひと月以上滞在って、思いの外お金出てってさ」

 うんうんと頷く。

「この国は物価が高いですからね。エリオス様の所もでしょう?」

 んなわけねえ。

「俺の所はまだここよりずっと安いよ。一番高いのはドナシアン系の宿屋。一部同じくらいの部屋もあるらしいよ」
「大したものですね。フラフラなにするのかなって感じで城で遊んていたあなたが、こんなに立派になって。爺は嬉しゅうございますよ」
「あはは。俺も目的があれば頑張るんだよ」
「そうでしょうとも」

 ジルベールは父上のいとこになるんだ。だから子供の頃からよく知ってて、俺は頭が上がらない。

「楽しんで来てくださいませ」
「ああ」

 少しの滞在で外に出ると何かいる。見たことない騎士が騎獣の前に。

「ラインハルト!」
「はっ!」

 彼は俺の呼びかけに駆け寄った。

「あれは誰だ」
「はあ。ランドール様の騎士です。うちの別荘使えばいいってそのぉ~はい」

 あ?俺温泉行くって話したっけか?うーん?

「あっ……僕がチラッと話したかも……ごめんね」
「あ~そうか。まあいいや」

 俺の記憶にはないけど。まあいいやってランドール様の騎士に近づいた。するとビシッと足を揃えて直立した。

「お初にお目に掛かります。ジークと申します。本日我が主の別荘にお連れしろと仰せつかっております」
「ああ。分かった。よろしく頼む」
「はっ!では私に着いて来て下さいませ」
「おう」

 もうなんもツッコまない。ここの家の人は前フリなく動くから。俺たちは騎獣を出して、みんなでジークに着いて飛び立った。城下町を抜け農地を抜ける。農地の町もこの国は立派だ。家も大きいし、道も手入れがいい。そんな景色を楽しみながら、温泉街の外れの屋敷に一時間くらいで着いた。

「おお……立派な屋敷だな」
「うん」

 遠くには温泉地の湯気が見えるが、ぽつんぽつんと豪華な屋敷があるあたりだ。

 玄関の上にはランドール様の家の紋章がある。花……かな。なんの花かはわからないけど。この国の家の紋章は花が基本らしいからな。
 俺たちが庭に降り立つと玄関からおじい様?がトコトコ歩いてきた。

「おおっなんとかわいらしい猫族の方なのだ!おっと。失礼いたしました。私ギュンターと申します。こちらの屋敷の管理をしております。エリオス様ご夫婦でよろしいか?」
「ああ。エリオスだ。隣はセリオ。俺の番だ」
「おうおう……なんとまあかわいらしい」

 ギュンターは俺たちを嬉しそうに迎えてくれた。あいさつもさせてくれず、さあどうぞとガシッと手を捕まれ引きずられながら玄関に。まるで孫に会ったみたいだな。

 そのまま引きずられてお茶用の部屋に通され、座れとソファにぼすん。

「さあこちらでお茶にしましょう。コーヒーの方がよろしいか?」
「ええ。僕好きです」
「おほほ。ではご用意いたしましょう」

 メイドに合図を送るとお菓子とコーヒーが用意され、テーブルの横のカートでお湯を注ぐ。

「いい香りだね」
「本当にな。イアサントでは結構飲んだな」

 ギュンターはそうでしょうともと、メイドが淹れたコーヒーを彼が給仕してくれる。

「こちらの豆は特に香りがよく、酸味苦みのバランスがいいものですので。ぜひ」
「ありがとう」

 カップを手に取り一口飲んだ。おお……

「美味い」
「うん。美味しい。これはミルクとか入れない方がいいね」
「ああ。香りが特にいい」

 こちらもどうぞとチョコレートやクッキーを勧めてくる。

「温泉もこちらで入れますよ。お湯を引いてますからね。露天風呂と内風呂とありますから、飽きも来ませんよ」
「へえ。楽しみだな」
「うん!」

 今滞在しているのが俺たちだけで、屋敷は好きに使ってくれって。

「ご予定は日帰りと伺っておりますが、お泊りになりませんか?二~三日余分にいてもよろしかろう。ね?」
「はあまあ。どうする?」
「うん。少しなら」

 まあ、俺たちがいなくても困らないようにはしてきたからな。半年はまあ。

「さようか!ならばお部屋にご案内せねばのう」

 楽しそうにメイドに指示を出す。メイドも楽しそうだ。だが、こんな屋敷を執事、メイド付きで借りれる予算は……帰りの船もあるし……

「どうなされた?眉間にシワが?私が何か粗相を?」
「いや違うんだ」

 あ~……いくらロドリグ様の実家だって言ってもなあ。ランドール様にもたくさんお土産もらったし。よし。

「あのな。俺はこんな屋敷を借りられる予算がないんだ。長い期間泊まれるほどはもうなくて……」
「あっ……そうだった。もうひと月くらい宿屋に泊まったもんね……」

 セリオにも現実に引き戻されたようだ。ごめんな。

「うはは!そんなことですか。ここは宿屋ではございません。我が一族の別荘です。そしてランドール様が許可なされたのです。それも好きなだけ滞在を許しております。ですのでお気になさらず」
「だが、俺には何も返せないんだよ。貧乏国の領主でさ」

 何を仰るやら。お二人はロドリグ様の番でしょう?それもエリオス様はオリヴィエ様と同等くらい愛されているとか。身内の様な方ですから、ご自分の別荘と思って下さって構いませんって。

 おじい様?何いってんの?

「そんな立場では。俺たちはその……」
「謙遜はいりません。あのロドリグ様が魔力をお分けになったとお聞きしております。あの方が分けるなんて初めて聞きました」

 そうなの?

「そうですよ。お召もほとんどお受けにならず、自分の気に入った者は食い散らかしてますが、二度目はほぼありません。今オリヴィエ様以外に抱かれているのは、あなただけなんですって」

 何処でそれ聞いたんだ!おじい様!

「うそ……どっかに愛妾囲ってるみたいな事言ってたよ?」

 によによと微笑み、微笑みというよりイヤな含みのある笑みだ。

「もうそういった関係は切れています。お友達だそうですよ」

 セリオを見た。首を横に振った。

「僕は数度抱かれただけ。エリオスだけだよ。来る前なんか二日に一回だったでしょう」
「いや、あれは俺が具合が悪くてさ」

 うふふっうふふっとギュンターは笑った。

「彼はたとえ魔力不足が起きた者がいても、手を貸しません。兄上様とは違い、人との繫がりは重く考えているフシがあるんです。少ないお友達を大切にしてますね。オリヴィエ様も同様に」

 きっと話されていないだろうからと、オリヴィエ様との出会いや結婚についてギュンターは話してくれた。

「ロドリグ様は早くにお子様がいらして、あの頃番探しに難航していました。父親の素性は王族と四家くらいしか知らなくて、よその貴族はそれを嫌がりました。貴族は当たり前にある事なのにね」
「なんでなの?」

 王族はそんな事当たり前なのになあ。言えないお家との子供とか普通だろ?そんな疑問を考えていると、ギュンターは少し悲しそうになった。

「モテてはいましたが、性格に難アリで見合いをすると全部拒否されました。その頃のお年頃の子息は、ふわふわ儚げな方が多く、肝っ玉の据わった方は上級貴族にいませんでした。それに、王家の秘密で生まれた子供は、優秀で愛らしく魅力に溢れた方が多い。その母親になるのを嫌がったんです」
「はあ……育て易そうだけどねぇ」

 ツイてないなあ。それは。自慢の子供だろうになあ。

「それにロドリグ様を怖がったんですよね。愛想がなく目つきも悪い。兄上様のように楽しげに笑いもしない。なおかつ、誰が父かも不明な子供で、優秀な子供にご自分の能力を不安視してしまいました。だからお金目当てくらいの者しか結局残らなかったんですよ」
「それはまた……なんと言っていいやら」

 その頃、どう調べたのかは言えないが、オリヴィエ様の不妊が分かった。彼を表向き誰も責めたりしなかったが、お見合いの話しは全く来なくなったそう。

「まだ二十歳前のふたりは辛かったと思います」

 あれ?以前オリヴィエ様は……

「でもオリヴィエ様は、子供の頃からロドリグ様が好きだったって言ってたよ?」
「ええ。お嫁さんになるとよく言ってましたが、その頃から何も言わなくなりました」
「あ……」

 セリオも言葉が出なくなっている。どれほど哀しかっただろう。オリヴィエ様は彼との子供と、楽しい未来を考えていただろうに。

「でもねぇ。ロドリグ様は何にも言わなかったのですが、オリヴィエ様がやはり好きだったようで」
「おお?」
「不妊と分かった上で娶られました。結婚式はステキでしたよ。オリヴィエ様はずっと泣いててねぇ」

 それからすぐに城を出てドナシアンに行って。ふたりの世界で生きていたそうだ。

「なのに!」
「ゔっ」

 ニヤニヤと俺を見るギュンター……見るな。

「二重紋の者は複数番を持ちます。知ってますね?」
「うん」
「お二人にはお互いしか!本当に愛している番はおりません」
「うん……」

 変な汗が出て来た。

「ウフッもう少し早ければお子様も望めたはずなんですがねぇ」
「あ?俺産めないよ」
「ロドリグ様が産むんですよ」
「はあ。あ?ああそうか」

 落ち着こう。クッキーバリバリ、コーヒーゴクゴク。ふう。

「かわいいなあ。爺がもう少し若ければ……」
「ふえ?」

 セリオ様もなんて事言うんだこの爺はと、無言で目を剥いた。よその猫族とはこんなにもかわいい種族なんですねえってうっとり。

「あのさ。この国にも猫族たくさんいるだろ?」
「はい、いますね。リンゲルにはたくさんおります」
「なんで俺たちの国の猫族好きなの?観光客もこっちの人族の貴族は、病的に風俗街に行ってるんだけどさ。近場のカルデロンも猫族の国だろう。何が違うんだよ」
「はい!それは僕も思った。あそこの人も同じでしょう?」

 ニヤッと悪い顔をした。ジジィ……顔がいやらしいぞ。

「あのですね。端的に見た目です!」
「はあ?同じだろ?」

 途中で一泊したけど違いは分からんかったぞ?ギュンターはチッチッと人差し指を振る。

「これが違うんですよ。体付きといいますか。カルデロンの者は骨っぽいんです。大型の猫に近いと申しますか。獅子とかヒョウとか。我らはぬるんとした感じの、滑らかな身体を好みます……エロいね……んふふっ」
「「うっ」」

 そんな違いあったか?横のセリオをグリッと見た。いやあ?そんな違いあったかなあって。

「猫族同士だと分からないのかもしれませんね」
「そうかあ?」

 納得いかないが。

「そうなの!被毛も柔らかくて、ふわふわさわり心地のいい猫族です」
「そう?俺はよその国の猫族触ったことないな」
「僕も。違いが分かんない」

 最近まで、他国との付き合いがあまりなかったからかなってボソッとセリオ。確かにな。

「カルデロンの猫族は少し被毛が硬めですね。我が一族は猫族好きですから、屋敷に結構猫族の者がいます。当然城にはわんさか」
「ほう……怖っ」
「いい国とお近づきになれたのは私は嬉しくて。屋敷にはそちらの国の者を雇いました」
「へえ……」

 怖いな。どんな雇い方されてるんたろうか。うん、聞かない。

 ギュンターの話しでは、始祖が猫族を殊の外好んでいたらしい。図書館には猫族を模した魔道具もいるそう。

「もう、呪い?」
「そうかもですね。ですが悪くない。ウフッ」

 そんな猫族愛をギュンターは熱弁してくれた。ドナシアンよりイアサントの貴族の方が、その傾向は強いらしい。ほほう。

「はあ。久しぶりのお客様で、なおかつかわいらしい猫族の貴族の方なもので、興奮してしまいました。ではお部屋に参りましょう。お着替えもたくさんありますから何も困りません」
「ありがとう」
「お部屋の場所を確認されましたら、昼食にいたしましょうね。あっ宿屋は引き払っておきますからご安心を」
「ああ。うん」

 ギュンターはまるで側仕えのように世話してくれた。さすがに風呂や着替えはメイドだったけど、それ以外は常に側にいてくれた。

 まあ、急ぐ旅でもないからないいか。もう少し楽しもうとセリオと話した。







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